自身の体験談を語る怪談師は決して多くない。その殆どは実際に怪異を体験した体験者から取材をし、聞き集めたお話を再構成して披露している。つまり取材こそが怪談師の命なのだ。我々怪談ガタリー編集部では、この取材という行為にフォーカスした企画を考えた。怪談師にお題を与えて、そのお題に則した怪談を取材をしてきて貰うのだ。
題して……怪談、聞いて来てもらえます?
我々が今回チャレンジャーに選んだのはこの方——。
ここからは、八重さんの視点でお楽しみ下さい——。
夜の町中華
皆さんこんにちは。八重光樹です。
前回の村崎一平さんに続き、怪談ガタリーの鬼畜名物企画に参加することになりました。
事の発端はある日の仕事終わり、怪談ガタリー編集部からこんなLINEがきたところから始まります。
「おめでとうございます! あなたは選ばれました! 本当におめでとうございます!」
あぁ、これはなにか恐ろしいことに巻き込まれたな——。
すぐに察した僕は震える指で詳細を問いましたが「おめでとうございます!」しか返ってきません。
まるでRPGの村人です。
諦めた僕はそれ以上何も聞かず、後日指定された町中華へと向かいました。
平日にもかかわらず満席の店内。その一番奥の席に見慣れた顔を見つけました。
村人——いえ怪談ガタリー編集長のH氏と、ライターのHさんです。
「お疲れ様です」と言うと「おめでとうございます」と返ってきます。
「よく来るんですか?」と問えば「おめでとうございます」と返ってきます。
もしかしたら編集長はおめでとうBOTなのかもしれません。
「Are You OK?」と声をかけると「Congratulations」と返ってきました。
ライターさんの方は英語にも対応しているようです。
黙って怪訝な顔でBOTを見つめていると、編集長はゆっくりと言いました。
「霊の寿命は400年——」
織田信長も同じようなことを言っていた気がします。僕は懐で温めていた草履を差し出しながら次の言葉を待ちました。
殿は続けます。
「そんな話を聞いたことはありませんか? 昨今、例えば江戸や戦国時代の霊を見なくなってきた理由は、霊の寿命が尽きてきたからだといわれています」
確かにこの活動をしていると時々耳にします。
初めて聞いた時はなるほど、と唸った記憶がありますが、よく考えてみれば科学的実証が成された話ではなく、あくまでも考察の域を出ない。
だとすれば現代、本当に落ち武者の幽霊は存在しないのでしょうか?
「八重光樹さんには、ここ10年以内で落ち武者の霊を見たという体験談を取材してきてほしいのです」
このために呼び出されたのか——。
興味と不安を混ぜたような表情で課題を噛みしめていると、言い終えた彼らは中森明菜のように「おめでとうございます」と口パクしながら頭を下げました。
落ち武者を追え
さて、このミッションを受けてから書き起こすまでの猶予は10日ほど。
取材を行う機会は限られます。
ヒットする範囲を広げるため以下のルールを設定しました。
●落ち武者の定義
一般的には「戦に敗け逃亡した武士」とされているようです。
仮に幽霊となった武士の姿を見たとしても、それが定義上の落ち武者であるかの判断は難しいでしょうから、武者の姿をしている幽霊は全て対象とすることにしました。
●寿命の幅
これは諸説あるようで、200〜400年とかなり広いです。
江戸時代である1600年代から、日本最後の武士が存命していたのは1800年代とのことなので、これくらい幅があるのは仕方がないのかもしれません。
今回に関しては年代は深く考えず、現代に落ち武者が「いる or いない」という二極に焦点を当てることにします。
「まずはとにかく武者の幽霊を見た人を見つけ出そう!」ということを目的としました。
本来であれば城跡など史実に則った場所で取材を行いたかったのですが、僕自身3年ほど怪談を集めてきた中でまったく取材したことのない類のお話でしたので、今回はスピード重視でSNSを活用することにしました。
そんな体験談を聞けるのか……という不安を抱えつつ、X(旧Twitter)でこのようなアンケートをポストしてみました。
そもそも発端となった幽霊の寿命説によれば、目撃情報は激減しているはずです。
一人でもいらっしゃればその方に取材を行い、寿命説を考察する手掛かりにしたいと考えました。
いま思えば初手で藁に縋っていた気がします。
本アンケートの期限は1日、その結果は——
いや、めちゃくちゃいるんかい!!!
衝撃の結果です。
「聞いたことがある」は、万が一「見たことがある」が不発になってしまった場合の予防線だったのですが、116人もの人がそのような体験談を聞いたことがあるようです。
それが10年以内の話かどうかまでは定かではないので正確な数字ではありませんが、それでも予想外の数字と言えるでしょう。
そして何より「見たことがある」が36人もいたのです。
単純計算で、現代には最低でも36人の落ち武者がいるということになります。
いすぎだろ。
——いえ、怪談好きとしてこんなにも興味深いことはありません。
頂いた返信にはこのようなものがありました。
“20年くらい前に落ち武者?(甲冑を着た人)が背後に来た気配を感じたことならあります”
“実話怪談漫画取材中に、とある軍事病院施設に鎧武者が出たそうです。しかも日本兵と一緒に……”
“中野と練馬の区界にある公園で合戦に巻き込まれた人の話があり、開けた通りなのに殺気なのか異様な気配を感じて歩く事を避けてる場所が幾つか点在すると周辺住民からの声も……”
さらに怪談の語り手である雅氏からはこのような返信が。
気になって連絡をしてみたところ、まだ表ではしたことのないお話とのこと。
せっかくならご本人の語りで聞いてみたいという個人的な思いから取材は控えました。
いつか聞けることを楽しみにしています。
また、イベントなどでお世話になっている三城ありさ氏からはこのようなお話を頂きました。
神奈川県のとある心霊スポットへは三回行ったことがありますが、三回とも落ち武者の幽霊を見ました。
最初は学生のころで、最後に行ったのはちょうど10年ほど前です。
今思えば、ここで落ち武者を見た後は必ずと言っていいほど周りで不幸なことが起こっていました。
怪我はもちろん、もっとひどいことも……。
友人にお寺の息子さんがいて、このことを話したら
「二度と行かないほうがいい」と言われてからは行っていません。
これらの通り、一言に落ち武者の幽霊といっても現れる場所やシチュエーションは多岐にわたるようです。
他にも気になる返信がいくつかあったのですが、特に気になるものが——。
同じく怪談の語り手であるオオタケ氏からの返信。
見出しが強すぎます。
すぐさまご本人に連絡を取り、このお話を詳しく教えて頂けることになりました。
以下の内容は僕が取材を行いまとめたものとなります。
ちょうど5年前の夏、オオタケさんは友人のHさんと新宿・ゴールデン街を訪れていた。
食事をしてカラオケに行って、3件目は飲むぞーと意気込んで向かったのは行きつけのバー。
店内は7人分のカウンター席のみ、バーカウンターの中もやっと2人入れるくらいのアットホームな店だ。
Hさんは人見知りがちなのだが、そんな彼女も打ち解けているマスターを目当てによく2人で飲みに来ていた。
ちなみに、このHさんは幼いころから「見えている」タイプの人だったという。
それも、人とそうでないモノの区別が付かないほど……というより、そういう幽霊しか見えないのだ。初めて見たのは幼稚園の時。
実家が料亭で、水を配膳する給仕係のお手伝いをしていた。
その日もいつものように客とコップの数を合わせ、トコトコと運ぶ。
どうぞ、と水を三つ出すと、母親が駆け寄ってきて「1個多いよ!」と慌てた様子で片そうとする。
「え、だって…」おじいちゃんとおばあちゃんと、おねえちゃんでしょ?
それを聞いた老夫婦は突然号泣しだしてしまう。
——その日は娘さんの一回忌だったそうだ。
このことがあってから、Hさんは自分には人ではないものが見えているのだと自覚した。
しかし彼女にとって幽霊は人となにも違わない存在だったという。そんなHさんとは高校生からの付き合いだ。
当時から「見えている」話を聞いていたから、2人の間でもそれらは日常のことだった。
しかし、この日のHさんは少し様子がおかしかった。
オオタケさんが先に店内へ入り席へ着く。
最初の違和感は、Hさんが隣でしばらく立っていたことだった。
ようやく座ったかと思うと、マスターとの会話がぎこちない。
お酒を飲みながらも常に伏し目がちで、マスターに話しかけられても一瞬顔を上げてはすぐ目をそらす。
まるで人見知りがぶり返したかのようだ。
オオタケさんは気を紛らわすため、何も聞かずにもう少しお酒を飲ませることにした。
しばらくして他の客もいなくなったタイミングを見計らい「どうしたの?」と聞くと、小さな声で
「今日ってコスプレのイベントなんてやってないよね?」
と返ってきた。
もちろんやっていない。
店内はおろか、ここへ来るまでもコスプレをしている人なんて見かけなかった。
そんな2人の会話が聞こえていたのだろう。
「今日なんだか元気ないね」
マスターが話に入ってきた。
少し心配そうなマスターを見て、Hさんは意を決したように言う。「あの、変なこと言ってるのわかってます。酔っ払いの戯言だと思ってくれていいです。マスターの後ろに落ち武者がいます」
先に驚いたのはオオタケさんだった。
Hさんがそんな幽霊を見たことがないのを知っていたからだ。
当然、Hさん本人も初めて見る落ち武者に大層動揺している。
きっと自分たちが落ち武者の幽霊を見るのとは全く違った感覚なのだろう。「それと……落ち武者の後ろに何十人もいます。白い装束を着た人が」
ゾッとした。
冒頭にも書いた通りここのバーカウンターはやっと二人が入れる程度の空間しかない。
そこに落ち武者のみならず、何十人もの人が扇状になって並んでいるという。
Hさん自身も目の前の状況がどうして成立しているのか理解できなかった。
ただどういう訳か「小さな空間」と「大量の人」が同時に存在(発生)しているのだ。「あっ! 落ち武者さんが……後ろの人たちの話を聞けってマスターに言ってます」
「えっ、それはどういう……」とたじろぐマスターにHさんが装束について細かく説明すると、みるみる顔色が変わっていくのがわかった。
マスターいわく、その装束は限られたある地域でのみ行われる儀式用の衣装らしい。
父親がその地域出身で、小さいころに何度かその儀式を見たことがあるそうだが、一般的にはまず知られることのないものだという。
もちろんそういった身辺の話は誰にもしたことがない。
何から驚けばいいのかと狼狽しているマスターに、Hさんは白装束の人たちが言っていることを続けざまに伝える。
それは仕事、夫婦関係、帰省時期——全てマスターがいま悩んでいることだった。
このやり取りを横で見ていたオオタケさんは「そういうの(幽霊)も見えるようになったんだね……」と、別の角度から感動していた。幽霊からの言伝を終え、いくらか落ち着いてきたHさん。
まるでお悩み相談を受けたかのようなスッキリした顔のマスター。
そしてお酒に夜更け。
初めこそ不気味に感じていたが、今となっては「ご先祖様がメッセージを伝えに来たんだ」という温かな気持ちが3人の中に芽生えていた。
間もなくエンディングを迎えそうな雰囲気が漂ってる中、オオタケさんは最後に気になっていたことをHさんに尋ねた。「じゃあさ、その落ち武者もご先祖様なの?」
「……違うよ」
以上が今回取材した内容です。
まさかゴールデン街に落ち武者が現れるとは——まさに予想外なお話を聞かせていただきました。
ご協力本当にありがとうございました。
さて、こんなに素敵なお話を聞かせてもらってもう満腹なのですが、残りの時間もまだあることですし、せっかくなら自分の足で取材を続けてみることにしました。
どうせなら僕にしかできない取材をしてみたい。
「武者」に直接取材してみたら面白いんじゃないだろうか。
そう思い立った僕は、ある場所へ向かいました。
本物の「武者」がいる場所へ——。
リンク
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