禍夏再訪 2025.01.07 昔、この地には愛し合う若い男女がいた。二人は将来を誓い合ったが、身分の違いから両家親族から猛反対を受けてしまう。ある夜、二人は村の高台にある大樹の下で、互いの体にガソリンをかけて心中を図った。先に男が女の方に火をつけたが、激しく燃え上がる女の体と、耐え難い苦痛による女の断末魔に、男は怖気づいてし
晩夏巡礼心中 2024.12.10 壊れた雨垂れを伝い、いつの間にか屋内へ入り込んだ毒虫を見つけて、ナツは溜め息をついた。まだ幼い弟が誤って噛まれぬよう、毒虫は見つけ次第叩き潰すか、箒で掃いて外へ追いやるのがナツの日課だった。戸口を開けて空を見上げると、分厚い雲が小さなこの村に覆い被さって、地面を雨で濡らしている。昼間だというのに薄
樹獄変 2024.11.12 終戦直後の混乱の中で、サチは山間の小さな集落に生まれた。食糧難だったこの時代、男手のなかったサチの家はあばら家と呼ぶにふさわしい貧相なもので、日々の生活は貧窮を極めた。加えてサチの住む地域は雨が少なく土壌も悪い。痩せた田畑で育ったわずかながらの米も、ほとんどが国への供出に回り、自分たちの食料は自ら
ポリちゃん 2024.10.07 昨年の11月に末期がんが原因で父を亡くした。自営業でほとんど家にいなかった父だが、定休日の火曜日になるといつも昼間からビール片手にリビングで相撲やプロ野球観戦をしていた。夕方、学校が終わって玄関を開けて奥から漂ってくるのはカレーやシチューみたいなおいしそうな匂いではなく、決まって煙草の香りだった。
花火大会 2024.09.09 十年以上前の話だ。当時神戸の大学に通っていた僕は、仲の良かった男女数人の友人とともに県内で行われる大規模な花火大会に遊びに行くことになった。僕は「なんでクソ暑い中わざわざ人ゴミに行かなきゃならんのだ」と文句を垂れていたが、出不精な僕に対し何かと気にかけてくれていた友人たちが誘ってくれたわけで、その
ドラ 2024.08.05 前回のエッセイを読んでくれた方であればいかに怪談蒐集が難しく、まして上質な怪談ともなるとそうそう集まらないものであるということが伝わっているかと思う。これは僕自身が現在住んでいるマンションに越してきてまだ間もなかった頃の体験談だ。「そろそろ広い部屋に引っ越すか」と、それまでの大阪での狭いワ
ホテルにて 2024.07.08 怪談の活動をする傍ら会社員としても働いているのだが、月に2、3回は東京への出張がある。職業柄、目的地はほとんど毎回同じであるため宿泊するホテルも偏る。その利用していたホテルについて先輩から「出る」と聞いたことがあった。さっそくネットの口コミサイトで検索してみると、確かにいくつかはそれらしき書き込み
はじめに 2024.06.10 「今度怪談のWeb情報誌を立ち上げるから、そこでエッセイ書いてよ」「……なんで僕ですか?」「面白いの書いてるじゃん。だから書いてよ。自由にやっていいから。連載ね」到底正気とは思えない雑なオファーをきっかけに、この連載企画は始まっている。やりたい人は他にいくらでもいるでしょ、という言葉に対し「好きに