第七服『意外と知らない?! 西遊記』

突然だが、今回はゲームの話をさせていただく。
このコラムを読んでいる怪談や妖怪好きの方は「普段ゲームなんてしないよ〜」という方も多いだろう。
だが、興味ないんだけど……というその口を塞いででも、今回ばかりは聞いていただかねばならないっ!
これほどまでに私を熱くするゲームが今年、石卵より爆誕した。
それが『黒神話:悟空』である。
今年8月に中国のGame Scienceから発売されるや否や世界中で大ヒット。
ゲーム界のオスカーと呼ばれる「ザ・ゲーム・アワーズ(TGA)2024」では惜しくも最優秀賞は逃したものの、数々のゲーム賞を総嘗めにした『西遊記』をベースとしたアクションゲームだ。
もうこれが素晴らしかった。

いいから一旦『黒神話:悟空』のすごさを聞いてくれ

まず、グラフィックがやばい。
古代中国の幽玄な山々や寺院を、空気や光に至るまで精細に再現した風景は思わず手を止めてじっと見入ってしまう。
雪上で戦うボス戦では、体は雪に埋まり、地面に足跡や技の軌跡などが刻まれる徹底ぶり。
イカれてるとしか思えない(褒め言葉である)。
このゲームの後にプレイすると、全てのゲームのグラフィックがしょぼく見えるほどである。

そして、玄人ですら苦しむ難易度ながら、アクション下手な私に、ひいひい言いながらも最後までクリアさせたゲーム性!
下手な人に「これ無理」と投げさせず、上手い人に「簡単すぎる」と切らせずに、攻略の余地を作り、可能性を見せ、挑戦させ続ける開発側のバランス感覚は卓越したものがある。

と、オタクの早口で捲し立ててしまったが、怪談・妖怪好きにも刺さるポイントも勿論ある。
それが「遊記」というゲーム内に登場する全妖怪・神仙をまとめた事典だ。
解説というよりも、その妖怪にまつわるちょっとした小話が書かれているのがまたいい。
頑張っても報われない「配下はつらいよ」みたいなエピソードで紹介されている狼妖もいたり、話のオチや脈絡のなさが実に土着の民話らしくてマニア心をくすぐる。

というわけで、どこをとっても美味しいゲームであるということはご理解いただけたのではと思う。
ただ、そんな『黒神話:悟空』——実は、各スコアが軒並み高評価な中、ストーリーだけスコアがほんの少し低めなのだ。
なぜかと言えば、理由はシンプル。
中国人にとってあまりにも「西遊記」が基礎教養すぎるからだ。

知ってるようで知らない「西遊記」

「みなさんご存知、西遊記のあのシーンですが」と当然知ってる前提でストーリーが進むので、正直、中国以外のプレイヤーにとってはちんぷんかんぷん。
日本で例えるなら、イメージ的には安倍晴明だろうか。
国内のゲームで今更、安倍晴明は式神が使えて、蘆屋道満と好敵手で……なんてあえて丁寧に説明はしないのと同様に、さらりと関係性を匂わす粋な手法で語られるので頻繁に置いていかれる。
そこで改めて認識した——私をはじめ一般的な日本人は、意外と「西遊記」のことを全然知らないのだな、と。
「西遊記という物語」「孫悟空というキャラクター」自体は、日本人なら知らない人はいないほど有名にもかかわらず、本来の原作の詳細な中身を聞かれると言葉に詰まってしまう。
というわけで意外と知らない?! 西遊記エピソードをご紹介しようと思う。

沙悟浄=河童は日本人の悪い癖?

猿の孫悟空、豚(猪)の猪八戒、そして緑色の顔をした河童の沙悟浄。
これが日本人にとってはお馴染みの三蔵一行のイメージだろう。
だが、冷静に考えると、おかしいのである。
日本の妖怪であるはずの河童がなぜ一行に混ざっているのか。
実は原作では、沙悟浄のことは「流沙河に住む赤い髪に青黒い肌の人を襲う妖怪」と描かれるのみである。
これを読んで日本人は思ったのだ——「河童だ!」と。
とかく現代の実話怪談においてもそうなのだが、川辺で人型の怪を見るとすぐ「河童だ!」と思う習性を日本人は持っている。
その習性の結果、河童の沙悟浄というキャラクターが日本に根付いてしまったわけである。
ちなみに岩手県遠野の河童は赤い顔をしているので、沙悟浄は本来は遠野タイプなのかもしれない。

食い尽くし系男子の罪は深い

みなさんも昔見た微かなドラマの記憶で、悟空が筋斗雲で逃げた先がお釈迦様の手の中だった、というシーンは印象深いのではないだろうか。
その脱出チャレンジに失敗した結果、悟空は500年封印される事になるのだが、そもそもなぜそんな罰を受けることになったのか。
孫悟空は元は花果山の石卵より生まれた一介の猿だったのだが、修行の末に神通力を獲得し、閻魔大王を脅して不死身となり、好き放題の大暴れ。
そんな悟空を危険視した天界は、彼を召し抱えて手の内に置いておこうとするのだが、下っ端の厩番は嫌だと暴れるために、それなりの閑職につけていた。
だが、危険人物をヒマにしてはいけないのだ。
ヒマを持て余した悪戯者の悟空は、事もあろうに宴席で神仙たちを眠らせ、蟠桃や金丹という不老不死のアイテムをまるごと食らい尽くしてしまう。
これによって天界は大激怒。
討伐軍に捕えられたが、不死身の体をどうすることもできずに封印されることになってしまったわけである。
まさか『黒神話:悟空』の冒頭でも描かれたあの壮大な討伐戦争の発端が、食い尽くしだったなんて……。
今も昔も食い尽くし系男子の罪は重いのである。

牛魔王と悟空の因縁

敵役としての印象が強い牛魔王。
実はその昔悟空と義兄弟だったことはご存知だろうか。
義兄弟といっても婚姻関係によるものでなく、三国志の劉備三兄弟のような盃を交わして誓い合った関係である。
前述の大暴れをしていた際につるんでいたツレが牛魔王。
その当時は彼も、悟空の「斉天大聖」と揃いで「平天大聖」と名乗ってブイブイ言わせていた。
敗北後離れ離れになってから500年ののち、家庭を持って暮らしていたら、なんと昔のツレである悟空と、妻・羅刹女の持つ芭蕉扇を巡って対立する事に。
その結果、妾である玉面公主を義弟の義弟である八戒に殺され、息子の紅孩児は天界に取られ、自身も天界軍に調伏されてしまう。
その昔、共に天を飛び回った義兄弟の絆はこうして決裂してしまった。
なんだか現代のヤンキーものでも描かれそうな、男たちの皮肉な運命である。

三蔵と八戒は妊娠したことがある

今回「西遊記」を調べ直して一番衝撃を受けたのがこのエピソードだ。
旅の途中に通りがかった女だらけの国、西梁女人国に流れる子母河という美しい川の水を飲んだ三蔵と八戒。
だが、それは飲むと子を孕んでしまう水だった。
急激にふくれてきたお腹に恐れをなして「堕胎薬を見つけてくれ!」と泣き叫ぶ二人。
僧らしからぬ言葉に悟空がどう思ったか知る由もないが、なんとか落胎泉という泉から堕胎効果のある水を奪ってきて事なきを得た、というお話だ。
おそらく、話の癖が強すぎてドラマなどでもまず扱っていないエピソードだろう。
個人的にはこういう変な話こそ堪らないのだが。
ちなみにこの落胎泉を縄張りにしていた如意真仙という男、実はあの牛魔王の実弟だ。
前述の兄一家と悟空との因縁を恨んで水を渡すのを拒否したものの、ボコボコにされて強奪されてしまっている。
つくづく報われない牛魔王一族である。

まだまだ面白いエピソードはたくさんあるのだが、今回はここまで。
この記事で少しでも『黒神話:悟空』に興味を持ってもらって、「西遊記」を再発見してもらえれば幸いである。

はおまりこ
幼少の頃より妖怪や不思議なものが大好き。怪談最恐戦2023への挑戦をきっかけに怪談語りを始める。民俗学オカルトがテーマのZINE「怪異とあそぶマガジン『BeːinG』」も制作。普段は演劇やミュージカルの広告ビジュアル等を制作するグラフィックデザイン事務所をしながら、大型犬サモエドのソラン(♂)と暮らす。

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