第五服『殺人ホテルの真実』

先週末、大阪で2日連続でイベントをさせて頂いた。
1日目「トラウマ連続酩酊事件vol.17」ではトラウマになる嫌な怪談と怪奇事件についてお話させて頂き、2日目「髑髏女人祭」では怪談で五十音をコンプリートするという企画で盛り上がった。
今回は「トラウマ連続酩酊事件vol.17」でご紹介した、とあるアメリカに実在した殺人者について、当コラムでもご紹介しようかと思う。

「殺人ホテル」と聞けばピンと来る方も多いかもしれない。
ゴールデンカムイに出てくるホテルの女主人の家永カノや、ドラマ『アメリカンホラーストーリー』「ホテル」のモデルとなった殺人鬼がいる。
H・H・ホームズという男だ。

時は1893年、万博に湧くシカゴに、彼は「World’s Fair Hotel」というホテルを建てた。
ホームズ城と周囲の住民から呼ばれる豪奢な造りの3階建ての店舗複合型ホテル。
押し寄せる観光客でホテルはたちまち盛況となったが、宿泊客が1人また1人と行方知れずになる。
それもそのはず、その城は、実は何も知らない客を捉える罠が幾重にも仕掛けられた、ホームズの「殺人の城」だったのだ。
客室は秘密の通路で繋がっており、覗き穴や隠し扉もあって客を攫い放題。
ボタン一つでガス室に早変わりする部屋、地下室への落とし穴もある。
地下室には硫酸槽、拷問用具、外科手術用具一式等が揃えられて、そこで生きながらに解剖したのち肉を削ぎ落とすという所業が密かに行われたという。
そんなホテル作ってる途中にバレるだろう、と思うのだが、そこも対策は万全。
彼はこの「城」を建築するにあたって、いくつもの業者をリレーしていったのだ。
ある程度工事が進んだら代金を支払わないと言って中断。
そして別の業者に発注する。
この繰り返しのおかげで、彼以外だれも全容を知らないまま「殺人ホテル」が完成した。
後年彼が逮捕されたのち殺害人数を27人と告白しているが、その数200人に及ぶのではないかと言われている——。

(参照:マジソンズ博覧会)

この犯罪史上稀に見る徹底ぶり。
ベッドの中でその記事を読んで衝撃を受けたのを覚えている。
日本と違いアメリカは広大で人が立ち入らない場所もいくらでもある。
完全犯罪をしようと思えばシンプルな手法はいくらでもあるのだ。
そんな中で、あえて空間まるごとに及ぶ殺人装置を作ろうという強固な意志。
褒められたことではないが、中々できることではない。
というわけで、ずっと私の胸に居続けた殺人鬼だったのだが……

これ……
ほとんど創作なんですって……!!!

勿論、H・H・ホームズという男も、彼の「城」も存在していて、27人の殺害を自供して実際に絞首刑に処されている。
だが、そもそも彼の逮捕のきっかけとなったのは、トランク詰めでガスによって窒息させられた養子達や、焼き殺された右腕だった男の殺害事件であり、彼が殺害を自供したのも、保険金詐欺や結婚詐欺をする中で、彼の周りで消えていった近しい女性たちが主であった。
勿論その殺人方法は残虐で許されざるものであるが、犯行は場当たり的で金銭や利益目的であった。
つまり、見ず知らずの他人を罠にかけて殺す快楽殺人者というよりも、日本でも時々現れる保険金殺人を重ねるタイプの殺人者だったようである。
こうなると、大分殺人者としての性格も違って見えてくる。

彼の逮捕の後、シカゴ警察は、件の「城」を捜査し始めたが、ホームズがそこで犯罪を犯したという証拠は見つからなかったという。
そもそも、業者への未払いで訴えられた事をきっかけに出資者が撤退してしまって、ホテル部分は未完成のまま営業もされてもいなかったらしい(当たり前だが現実は未払いで工事中断すれば訴えられるのである)。
ホームズの伝記を書いたアダム・セルザーによれば、城で一連の拷問用具が見つかったり……等のいわゆる「殺人ホテル」のエピソードは、主にハーバート・アズベリーという20世紀初頭に活躍した犯罪ジャーナリズム作家による創作だという。
それを下敷きにエリック・ラーソンが著した『悪魔と博覧会』がノンフィクション小説と銘打って発売され、ヒットしたために半ば真実めいて語られるようになったそうである。

……いや、私の衝撃を返してくれよ!!!!
と、これを知った時には思った。
が、いやはや、私が無知だったのだ。
実際の犯罪者についての記述だとしても、それを鵜呑みにしてはならない。
特に国を跨ぐと情報が混線してしまう事も多い。
津山三十人殺しの事件が伝えられるうちに、『八つ墓村』も史実として混ざって語られてしまうような事態が容易に起こってしまうわけである。

ただ、ちょっとここからは怪談めいた話になるのだが。
ホームズの死から18年後に「城」の跡地に住みつつ建物の管理人をしていた男が亡くなっている。
毒を自ら煽っての自殺で、彼の遺体の横には”I couldn’t sleep.”「眠れない」という書き置きがあったという。
しかも、自殺のしばらく前から、彼は何かに取り憑かれているような、幻覚を見ているようなおかしな様子を見せていたらしい。
「城」での殺人の物証は見つからなかったというが、彼の死の状況を見ると、やはりそこで証拠の残らない恐ろしい所業が行われ、哀れにもその障りを受けてしまったのではという気がしてしまう。

ちなみに、当の本人のホームズの死はというと、刑の執行直前に導入されたばかりの絞首刑だったがゆえか、首が折れずに苦しみながらゆっくりと死んでいったらしく、処刑から20分後に死亡宣言されるまで、実に15分以上も痙攣し続けていたという。
これもまた、なんだか怨念めいたものを感じずにはいられない。
結局のところ、殺人ホテルの真実は、彼以外誰も知らないままなのである。

参考文献

「マジソンズ博覧会」
「Wikipedia」H・H・ホームズの項
アラン・モネスティエ『世界犯罪者列伝: 悪のスーパースターたち』宝島社
エリック・ラーソン『悪魔と博覧会』文藝春秋
Adam Selzer『HH Holmes: The True History of the White City Devil』Skyhorse Publishing

はおまりこ
幼少の頃より妖怪や不思議なものが大好き。怪談最恐戦2023への挑戦をきっかけに怪談語りを始める。民俗学オカルトがテーマのZINE「怪異とあそぶマガジン『BeːinG』」も制作。普段は演劇やミュージカルの広告ビジュアル等を制作するグラフィックデザイン事務所をしながら、大型犬サモエドのソラン(♂)と暮らす。

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