「遺言」だなんてそんな。
「形見分け」って、まだまだ早いですよ、と思わず呟きたくなる不穏なタイトルである。
それもそのはず、この『遺言怪談 形見分け』は加藤一氏と西浦和也氏という怪談界の生き字引、現在の怪談文化を切り拓き作り上げてきたレジェンドといっても過言ではない両名による共著である。
周知の通り、西浦和也氏は大病を患う幾度の苦難を乗り越え、体調と折り合いをつけながらYoutubeチャンネルでの配信やイベント出演を続けている。
いっぽう加藤一氏は、怪談本の企画編集に携わり今まで数多の仕事を大量にこなし続けている心強い編集者・怪談作家であるが、西浦和也氏と同い年であるという。
付き合いは二十年来だそうだ。
この二人が「遺言」をタイトルに入れるなんて、悪いジョークではないか?
そんな不安を抱きつつ、『遺言怪談 形見分け』を紐解いてみる。
今回の共著は、加藤氏と西浦和也氏が半分ずつ執筆を手掛ける形ではなく、執筆作業が困難な西浦和也氏に代わり、加藤一氏の筆で彼の怪談を書き起こす、という形をとっている。
また、掲載されている怪談は再録や旧作の再編集ではなく(電子書籍化されていない書籍掲載の過去作を再発見できる側面もあり、再録が一概に悪いとは言えないが)、すべて西浦和也氏が近年に取材し聞き貯めていた怪談とのことで、本書は完全に新作である。
加藤氏の助力によって、西浦和也怪談の新作が読めるのだ。
本書を一読すると、序盤3分の1が電気工事や配送職に従事している「天野さん」の提供による実体験怪談、中盤3分の1は自衛隊に纏わる怪談、残りはそれ以外の様々な話で校正されている。
今回、まず目を見張るのは中盤の自衛隊怪談だが、これがひじょうに濃厚なのだ。
一般人が立ち入れない全国各所の基地、想像するにも難しい隊員の組織編成の有り様や業務の特殊性を考えると、自衛隊それ自体が日本国内における一種の禁足領域であり、自衛隊に纏わる怪談というだけで希少価値が高いと言えるが、西浦和也氏の聞き取り技術と、間違いなくミリオタであろう加藤一氏の解説力によって、貴重な自衛隊怪談なるものが肉付けされている。
予算が降りず修繕費用がないため非常に古い施設が現役であるとか、銃火器の管理規則であるとか、背景の事情についても詳細に描写されているため、「とある基地で亡くなった元隊員の幽霊が出る」類の体験談+αの奥行きがあるが、これは加藤一・西浦和也両氏がタッグを組んだことで生まれたケミストリーだろう。
基地に出現する幽霊(まさに幽霊としか言いようがない現れ方をしている)たちは軒並み殉職者であり、かれらは生前の行動を反復しており、その動作・所作は細やかに体験者によって観察され、描写されている。
自衛隊という組織が閉鎖性を持たざるを得ない故か、訓練や巡回等、日々欠かせぬ業務が殊更多い故なのか。
××基地に出る幽霊は⚫︎年前に△△で殉職したあの人である、と幽霊すなわち故人が即座に特定できてしまう怪談ばかりなのも凄い話であるし、発表時には該当基地の所在地や詳細は一切伏せねばならないというのも、怪談という形でもたらされる教訓や継承事が、自衛隊という時に孤独で過酷な磁場では必要とされているのではあるまいか。
身体的極限を経験している隊員であっても、物理で対処できないお化けや幽霊は「怖い」のだ。
一方で、本書の序盤に登場する体験者、天野さんは必ずしも怪異を怖がっているとは言い難い。
電気工事の技師としていわくありげな建設現場に立ち入り、配送業務で多くの物件を訪問して奇妙な体験に巻き込まれている天野さんは、それでいて自宅で怪談配信を行うほどの怪談マニアである。
「女と犬」は自宅での体験が綴られているが、配信上で怪奇現象に見舞われ、部屋の中にこの世ならざる女が出現しても、恐怖というよりかは不可解さや不快さを感じて困惑しているさまが伺える。
怪談好きは恐怖心が麻痺しているんだなぁ、といえばそれまでだが、このあたりの体験者のコントラストが印象的であった。
ちなみに、本書のタイトルが『遺言怪談』と題されたのは、収録された怪談の体験者たちが取材時に「この話を遺言だと思って聞いてください……」と口々に切り出していたから、だそう。
取材者にご高齢の方が多かった事情もあるのだろうが、墓場まで持って行くつもりだった話を西浦和也氏が掬い取ってくれたのだと思うと感慨深い。
西浦和也さん、フルスロットルで怪談蒐集されているじゃないか。
これからも新作を聴きたいし読みたいのだけど、と期待を膨らませてしまう一冊である。
次の新刊、お待ちしています。
卯ちり
2019年より実話怪談の執筆と語りの活動を開始。
最近はオープンマイクの怪談会や怪談に的を絞った読書会を不定期に開催している。
共著に『秋田怪談』『実話奇彩 怪談散華』(いずれも竹書房怪談文庫)等。