ファン・ファン・ファン・アウトのファン(1)

 わたしがハンドルネーム〈にゃんころみーこ〉と初めて会ったのは、「NG無し」が売りの人気怪談師・助麻呂と二人で開催した怪談イベント『しょんべん早飲み怪談会』の本編終了後に設けられたサイン会でのことだった。
 わたしはにゃんころみーこの名をかねて知っていた。というのも、複数の怪談師から「あの女はヤバいから、もし会場にいたら気をつけろ」と忠告されていたからだ。
 怪談師たちは彼女を評して、
「イベントが終わってもいつまでも帰ろうとしないで、打ち上げに混じろうとしているのが丸わかりでキツい」
「単なるファンなのに関係者ヅラしている感がある」
「SNSに良い湯加減で書いたポストに距離感が狂ったうすら寒いリプライをつけてくるから気分が台無しになる」
「家で握ってきたらしき、おにぎりを差し入れしてきた」
 など散々なものであったが、わたしからしたらそんなことを好き勝手に言う怪談師たちも、共演者の元セクシー女優と不倫してみたり、未成年を家に泊めてイヤらしいことをしようとしてみたり、ビリーバーの妄想話を実話怪談として売ろうとしたりする鼻持ちならない奴らばかりなので、人間性の醜さでいえばどっちもどっちだろ、と内心冷めた気持ちで話を聞いていた。
 とはいえ、確かにわたしが彼女に物販で売った自著にサインをしている最中会話をして浮かんだネガティヴな思いはさまざまあったわけだが、そのほとんどは自分自身の至らなさからくるものばかりだったように思う。
「高田センセ……はじめまして……にゃんころみーこです」
 そう彼女からあいさつをされ、わたしはまずSNSで見かけていた彼女のアバターは本人の顔ではないのだな、と思った。のちに誰かに聞かされて知ったのだが、彼女がアバターに使用していた女性の顔は韓流アイドルのものだという。その分野に明るくなく、最早最新のネットリテラシーにもついていけていないわたしは、てっきりアバターに映る顔が本人の顔なのだろうと勘違いをしていたのだ。わたしは実物のにゃんころみーこを目の前にし、常に反ルッキズムの立場に身を起きたいと思っているはずなのにこんなことで動揺してしまっている自分を恥ずかしく思った。結局わたしも醜い怪談師の一員ということなのだろう。
「にゃんころみーこさん! SNSでお見かけしてますよ!」
 わたしは動揺を悟られまいと努めて快活にそう挨拶に返した。
「……え。本当ですか。いっつも変なポストばっかりしてすみません……闇深いってバレちゃってるかなぁ」
「いえいえ……」
 実際のところ彼女が普段どんな投稿をしているのかわたしはまったく分かっていなかったが、彼女がこのお愛想に機嫌を良くしたらしいことは分かった。
「今日のイベント、楽しかったですか? もうしょんべんでお腹がたぷたぷですよ」
 噂に惑わされずなるべく和やかに彼女と交流したいと改めて思ったわたしは、にこやかな彼女の様子に重ねるべく、そうおどけた。すると彼女は何がトリガーとなったのか急に顔を伏せ、「……ええ。あ、はぁい」とつぶやき、いかにもわたしに興味が無さそうな素振りで辺りをきょろきょろ見回し始めた。わたしはその表情の急激な変化に驚きつつそのまま彼女に釣られ、会場の様子を窺った。助麻呂はドリンクカウンターで数人の女性ファンに囲まれて談笑していた。そしてその向こうにはうろうろするばかりでまったくドリンクを注文しようとしない客たちに辟易する、その日の会場となっていた〈チンポッコ荻窪〉の店長の姿があった。わたしは、ああ、こりゃあ早めにこの交流の場を切り上げないとチンポッコに迷惑がかかりそうだな、と冷静さを取り戻して思った。アルバイトを数人使っているチンポッコにこれ以上の売上げが見込めないなら、この時間にかかっているコストは決して好ましいものではないのだ。幸い、にゃんころみーこの後ろには誰も並んでおらず、わたしの物販も今より動く気配はなさそうだ。助麻呂の周囲には、これからツーショット写メでも撮ってもらおうかと構える者がちらほらいたが、そこはわたしが撮影のお手伝いでもしておけば早々にさばけるだろう。どう考えても、急に冷えた態度を取り出したにゃんころみーことの会話が弾むことはない。
「はーい! それではそろそろ交流の場を打ち切りまして、関係者のみの打ち上げに移りたいと思いまーす! 演者との写メを撮りたい方はお早めにどうぞー!」
 わたしは会場全体に響き渡るよう大声をあげたのち、まだ眼前にいるにゃんころみーこに「今日は本当にご来場ありがとうございました」と頭を下げた。
「ええ……はぁい」
 だが彼女はなぜかその場から動こうとせず、また振り返ったり左右を見たりと周囲の様子を窺おうとしだすばかりだった。
「もしかしてにゃんころみーこさんは助麻呂さんとの写真撮りたい感じでした?」
 わたしは彼女の内心を想像し、助け舟を出そうとした。
「いえ……別に……」
 しかし、動かない。
 二の句が継げなくなったわたしは、しばし佇むよりほかなかった。

(続く)

高田公太
青森県弘前市在住の作家、詩人、エッセイスト。
近作は「絶怪」(竹書房刊)の編著。
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