Vtuber怪談

カラーの単行本として先月末に発売されたばかりの本書は、竹書房の怪談書籍の中でも異彩を放っている。
書店のホラー特集や怪談コーナーに置かれるよりも、コミックコーナーやそれらに特化した書店に平積みされるのに相応しい体裁をしていて、怪談ファンに向けてというよりも、本書掲載のVTuberたちの活動を応援している層が購入してくれそうな雰囲気がある。
ページをめくると、怪談提供者・取材先となった各VTuberの立ち絵およびSDイラストが掲載された自己紹介があり、YoutubeとXのアカウントへアクセスできるQRコードも記載されている。ファンブックのようでもあり、怪談そのものの文章量は他の怪談書籍に比べると、やや控えめな印象である。

普段、VTuberというものに全く触れていない筆者にしてみれば、この書籍の紹介は正直なところ不安があった。
なにせ筆者である影野ゾウさんしかお名前を存じ上げないのだ。
既に怪談師として活躍中の影野ゾウさんの単著デビュー、という点では喜ばしいのだが、VTuberの実体験のみで構成される怪談集を書籍で編纂したとしても、オンライン上に投稿される怪談と大して違いがないのでは?
怪談マニアが読んでも満足できる粒ぞろいの怪談が集まるのか?
……という疑問があった。
ライト層向けの書籍だろうと踏んでいたために、怪談本愛読者としての過剰な期待は控えていたものの、結論から言えば、全くの杞憂であった。
当サイトの書評をわざわざ読むような怪談マニアが思わずほくそ笑んでしまう類の怪談もあり、VTuberというコンセプトに対しての新鮮な発見もあり、何より怪談好きの裾野を広げる一冊として、丁寧に作られている。

本書の怪談は、仕事・取材・身近なもの・異世界・家・山と6つの章に分かれて紹介されている。
VTuberへのアンケートやコラム、影野ゾウ・駄ゞ田メダ・どれいしょうによるユニット「深業奇」の対談コーナーもあり、提供された怪談は漫画やメッセージ形式も含まれ、フルカラーも相まって飽きさせない構成を取っている。
そして何より、VTuber30名の怪談は、本人あるいは家族の実体験で統一されている。
特に興味深いのは「異世界にまつわる三つの話」の章で、人生に深く根差しているようにも思える、記憶や夢に関する特異で強烈な体験をしている人の話がVTuberという括りだけで複数集まってしまうのが奇妙で恐ろしい。
VTuberとして精力的に活動するに至った各々の軌跡は十人十色だろうが、ユニークな人生を歩んできた人には、それに比例するユニークな体験が付いて回るのかもしれない。
体験者のVTuberが特化している仕事や経歴にも触れられる「仕事にまつわる四つの話」はこの人ならでは、という趣の怪談が集い、「山にまつわる三つの話」はどれも山の異界っぷりが牙を剥いていて禍々しい。

VTuberという肩書・職業という括りで集められた怪談の内容は十分に興味深いのだが、「VTuberが語る」という構造そのものが生み出す独特な距離感にも気づかされた。
本書導入の漫画の台詞に
「VTuberって特異な存在だと思いませんか?/存在する次元 年齢性別 全てが曖昧!/そして実在はするのに何かの媒体を通さないと会うことができない/要素だけ見たらオカルトだよね!」
というのがある。
VTuberはアバターだから、画面上で振舞うキャラクターの設定はあくまで架空のもので、「中の人」は実在していて年齢性別等は公開されていないだけ。
VTuberに対しては「曖昧」というよりも「建前」という印象を持って読み進めていたのだが、怪談はすべて「中の人」たちの実体験が実話怪談として書かれており、実話怪談における体験者という匿名性と、VTuberとしてデザインされたキャラクターが体験者の「顔」になるという噛み合わせが、次元の異なるもの同士の化学変化を生んでいる。
掲載されている怪談のいくつかは、「中の人」の体験であってもvtuberとしての口調そのままの台詞で喋っていたり、VTuberの世界観の設定をいくぶんか引きずっている。
これらの話を読んでいるときは特に、体験者の「顔」が曖昧になる。
実話怪談は、体験者は匿名であっても「実際にあったこと」として書かれ現実に立脚しているので、怪談本の読者として「中の人」の話を筆者は楽しんでいたのだが、もし読者が体験者であるVTuberのファンであれば、おそらくその読者にとって、アバターが体験者の「顔」に変換されていることだろう。
その時に喚起される怪談のイメージは、登場人物が三次元の人間ではなく、二次元の架空のキャラクターに置き換わっている。
同じ実話怪談を読んでいても、実写とアニメくらいの差異が脳内再生時に起きている、とでもいえばいいのだろうか。
読者によって、見えてくる次元が異なるのがVTuber怪談なのだろう。
そしてアバターは語り手でもありVTuberにとっての世界観そのものだが、「中の人」に憑依するという点で、「怪」側に限りなく近い存在ではないか、と思う。

全てが曖昧で、何かの媒体を通さないと会うことができない……

ひょっとすると、VTuberのアバターは幽霊の一種かもしれない。

追記:本書誌上に掲載されている怪談は全29話だが、著者である影野ゾウ氏に伺ったところ、シークレットで30話目が収録されているとのこと。
誌上のどこかに掲載されているQRコードを読み込むと、怪談がもう1話出現するそう。
ぜひ探してみてほしい。

卯ちり
2019年より実話怪談の執筆と語りの活動を開始。
最近はオープンマイクの怪談会や怪談に的を絞った読書会を不定期に開催している。
共著に『秋田怪談』『実話奇彩 怪談散華』(いずれも竹書房怪談文庫)等。

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