
しばらくぶりの更新となってしまいました『奇ッ怪ちゃばなし』。
なぜここまでお待たせする事になったかというと……とある制作が大詰めだったのでございます。
私、はおまりこが、かわかみなおこと共に作るZINE『怪異とあそぶマガジン BeːinG』の第弐号が遂に完成いたしました!
第壱号は「妖怪とあそぶ」がテーマでしたが、第弐号は「女と怪がおどる」。
女性と怪異の切っても切れない関係性を、女性祭祀、古典怪談、赤い女、都市伝説の怪……と様々な視点から紐解いてゆく一冊となっています。
今回は取材をしたけれども、BeːinGには入れられなかった「口裂け女」にまつわるこぼれ話をご紹介。
口裂け女で町おこしをしていた岐阜・Y商店街で突撃取材!!
昨年の5月のこと。
怪談師の吉乃くくるさんからのお声がけで名古屋でのイベント出演の機会を頂いた私は、思い立った。
よし、この機会に付近で取材旅行をしよう!
調べてみると、イベントの前日は鵜飼の解禁日。
ほんのり運命を感じて、岐阜・長良川沿いの老舗旅館に宿を決めた。
初日は日中関ケ原を訪ね、夜には鵜飼を堪能してと中々盛りだくさんで過ごし、2日目はイベント当日。
夜のイベントまでの時間で、ぜひ足を運んでみたい場所があった。
岐阜駅前すぐにある「Y商店街」である。
何も知らなければ地元民に愛される何の変哲もない大型商店街だが、実はオカルト好きとしては無視できない経歴を持っている。
数年前まで口裂け女で「町おこし」をしていたというのだ。
1978年に岐阜での目撃報道から一気に全国的を駆け抜けた口裂け女騒動を逆手に取って、「口裂け女発祥の地」との謳い文句と共にお化け屋敷や様々なイベントを開催していたらしい。
コロナ禍の煽りを受けてか近年は開催されていないのが残念だが、そんなにもオカルトに優しい街ならきっと何か取材できるに違いない。
あわよくば口裂け女を目撃した人に出会えちゃたりして……!!
なんて甘い希望を抱きながら、いざ商店街へ。

取材1人目、洋品店のマダム(と猫ちゃん)
まずは「町おこし」を企画していたらしい青年会の事務所に突撃!!
と、行きたかったのだが、そもそも事務所に続くであろうドアが閉めきられている。
言い訳をすると、一応この旅の出発前にメールは入れたのだが、返信がないので正直嫌な予感はしていた。
まあそうだよね……突然連絡したってだめだよね……全ては私の無計画さが原因だ。
ここは気分を切り替えて、当たって砕けろの気持ちで話を聞きまくるしかない。
そう気合を入れ直した瞬間、青年会の事務所の入るビルの一階の洋品店が目に入った。
長毛種の優雅な猫ちゃんが店の中からじっとこちらを見ている。
これは僥倖。
「猫チャン、カワイイデスネ〜」なんて言いながら中を覗き込むと、これまた優雅なマダムがレジ前に座っていた。
マダムたちしか着こなせない服で彩られた店内。
よく見かけるものの入る機会はまずないだろうと思っていた身近な異界に、ドキドキしながら足を踏み入れる。
「あの、すみません……こちらの商店街が以前、口裂け女で町おこししていたと聞いて、青年会の方にお話をお聞きしたかったんですが、今日は開いてないんでしょうか」
そう聞くと、マダムは親切に土日はお休みなのだと教えてくれた。
会話が始まったことに気を良くして、さらに口裂け女の大流行当時のことを聞いてみる。
だが、御年70代の彼女はその頃は30代半ば。
お子さんもすでに大きかったために、「そんなのが最近の子どもたちの間で流行ってるんだ」程度の認識しかなかったという。
彼女の口裂け女についての考察については詳しくはBeːinGに書いているが、きっと悩みを抱えた女性達がそういう奇異な行動をとるようになったのだろうと語ってくれた。
そんな話をしながら猫ちゃんを撫で撫でしていたのだが、もう満足したのか突然「ニャ!!」と叫んでレジから降りて行ってしまったので、そこで礼を言って洋品店を後にした。

取材2人目、元記者の新聞社社員の男性
次はどこに行こう。
人気のない商店街を不審者のようにうろついていると、珍しい店が目に入った。
地元新聞社のポップアップショップ(?)のようなもので、店内に商店街を取材した記事や地元岐阜でのイベントの記事が所狭しと貼られていて、ちょうど昨日観たばかりの鵜飼についても情報がまとめてある。
ここなら何か話が聞けるのではないか。
奥にいた店員であろう壮年の男性に声をかける。
少し気難しそうな男性は、私の珍妙な質問に眉をひそめながらも応えてくれた。
「いや、俺はもうその時には大学生だったからなあ……あんまり知らないなあ」
なるほど……その時ようやく私は気付いた。
これ、年齢を気にしないとダメなやつだ!
あれだけ日本中大騒ぎになったと聞いていたが、噂の発信源である岐阜においてさえ、年代が違えばこんなにも遠い話題なのだ。
世の中の誰もが、いつでも、オカルトめいた事件に興味があるわけではない。
考えてみれば当たり前なのだが、こうして実際に取材したからこその発見だった。
元記者だという彼は、よく知らないと言いつつも、難しい顔をしながら新聞のファイルをめくって、取材できそうな場所や取材方法を教えてくれた。
気だるげにしつつも、ついつい聞かれたら情報を探さずにはいられない所が、きっと職人気質な記者さんだったのだろうと思わせる。
そんな様子に内心クスリとしながら、店を後にする。
取材3人目、お惣菜屋さんの奥さん
かくして、マダムと元記者さんと話したおかげで明確な方針ができた。
「1978〜9年当時に小学生だった人」
すなわち、50代半ば前後の人に話を聞けば良いのだ!
そうと分かれば話は早い。
とにかく商店街を端から端までうろついて、その年代の人を探す。
だが、アンチエイジング華やかなりし昨今、実はこの年代が一番見分けづらくて中々自信が持てない。
物陰からじっと店員さんを見つめては首を振って去っていく私は、傍から見れば立派な女の怪だっただろう。
しばらくそんな奇行を繰り返すうち、一軒のお惣菜屋さんの前に差し掛かった。
どうやらこの通りは夜はバーや飲み屋で騒がしくなるらしく、酒のアテに良さそうな惣菜が店の前に並べられている。
もう少しすると開店準備のために買っていく人もやって来るのだろうが、まだ午後の早い時間なのもあってか、閑古鳥が鳴いている。
退屈そうに椅子に座る奥さんと思しき女性は、若く見えるがその実かなり理想の年代に近そうに思えた……チャンスだ!
味が濃厚そうな惣菜を二三手に取ってレジに向かうと、観光客が買いに来る事があまりないのか一瞬目を丸くして、すぐに笑顔で会計をしてくれた。
談笑する中で「口裂け女」の会話を切り出すと、
「ああ〜〜〜!! 口裂け女! 怖かったですね〜! 当時小学生だったので。もう本当に学校の行き帰りが怖くてね。友達と怯えながら帰ってた記憶がありますよ」
ビンゴ!
ようやくここまで辿り着いた!
内心ガッツポーズである。
「ち……ちなみに、まさか出会った人とかは」
「それはさすがにいないですよ〜(笑)」
デスよねえ……さすがに、そこまで都合の良いことは起こらない。
だが、その時代にこの土地で、口裂け女の脅威を肌で感じていた人に出会えたということに私は妙に感動してしまった。
こうして様々な世代の人が生活する傍らに、確かに口裂け女は在ったのだ。
彼らの話を聞くことで、40年越しに私は口裂け女の気配を感じている。
取材の面白さを噛み締めながら商店街の中心部へ戻ると、ギャラリーやセレクトショップなどが集合したスポットを発見。
取材4人目、オシャレ豆腐屋のお父さん
そこにはカフェや個人経営の書店が入っていたり、怪獣の造形作家さんの展示が行われていたり、まさにカルチャー発信地といった風情である。
興味深く施設案内を眺めていると、道路に面したポップアップスペースに出店していた豆腐屋のお父さんに味見を促された。
豆腐をウマウマと味わいつつ確認する彼の面差しは、口裂け女世代(勝手に命名)ど真ん中の予感……!
賞味期限の長そうな厚揚げを購入しつつ、話を伺ってみる。
「口裂け女を調べてるんですか!? 懐かしいなあ〜! まさに大流行してた時、小学生でしたよ」
キター!!!!
ご家族と一緒に店番をしていたため、ちょっぴり怖がりながら興味を持つ息子さんに促されるようにして、彼は饒舌に当時の空気感などを詳しく教えてくれた。
「流行当初は夜に外出しないようにしようとか、そういう当たり前の事を気にしてたんですけどね、流行が長引くとあれも怖いこれも怖いになってきてね。マスクなんてしようものなら疑われちゃうから、絶対に誰もつけなかったですよね」
コロナ禍とは真逆の現象である。
「トレンチコート着ているだけでギョッとされるから絶対着れないですし。最後の方なんて、女の人が夜に外を歩いているだけで悲鳴が上がって逃げられる状況になっちゃって(笑)」
当初は子供たちやその家族が「怖がって」夜の外出を控えていたのに、騒動が加速するとそれが反転して、逆に若い女性たちが「怖がられるから」夜の外出を控えざるを得なくなったというのだ。
過敏すぎる被害者意識は時に他者への攻撃になりうるのだ……人間ってこわい。
これもまた、資料で読んでいるだけでは想像もつかない、当時の狂騒を象徴するエピソードだった。
飛び込み取材で得た学び、そして口裂け女遭遇体験は思わぬ所から……
こうして、時間切れとなり取材を終えることとなった。
結果、口裂け女に遭遇した人に出会うという収穫はなかった。
まあ当然といえば当然である。
だがこれまで、知人から聞いたり、お店の人に聞いたり、お話をSNSでお寄せ頂いたり、体験者さん側からの働きかけでの聞き取りが多かった私にとって、この取材は収穫以上の経験を得る機会となった。飛び込み取材も、やってみるものである。
しかし、これでは中々BeːinGのメイン記事としてはまとまりづらいぞ……なおちゃん(BeːinG相方・かわかみなおこ)は、ガッツリ沖縄の女性祭祀の記事を仕上げてくれているのに!
なんて焦っていたら、思わぬ所から口裂け女遭遇体験が寄せて頂く事になるのだが、その内容はぜひ『BeːinG 弐 女と怪がおどる』でご確認頂ければ幸いである。
