小田切大輝と座敷わらし

自身の体験談を語る怪談師は決して多くない。その殆どは実際に怪異を体験した体験者から取材をし、聞き集めたお話を再構成して披露している。つまり取材こそが怪談師の命なのだ。我々怪談ガタリー編集部では、この取材という行為にフォーカスした企画を考えた。怪談師にお題を与えて、そのお題に則した怪談を取材をしてきて貰うのだ。
題して……怪談、聞いて来てもらえます?

前編はこちら

座敷わらし現る!? 古民家の2階で“なにか”の気配を感じた瞬間。

ビジネス遠野という聞き捨てならな言葉を浴びせられた私、オダギリダイキ。
現住の新潟県で「遠野のような“座敷わらし譚”を取材してこい」との指令を受け、人脈をたどって辿りついたのが、新発田市にある「座敷わらしのいるお蕎麦屋さん」だった。

蕎麦屋の主人のKさんがいうには、一人で厨房で蕎麦を打っていると誰もいないはずの店内からパタパタパタと走る足音や不可解な物音が聞こえるという。
知人から譲り受けた日本人形を座敷わらしの憑代として二階に飾ってからは、その部屋でも奇妙なことが起きているそうだ。

「朝と夕方でね、人形の目線が変わって見える時があるんだよ。あと人形の手がね、前までは着物で隠れてたんだけど、最近になって袖口から出て来ててね。あれ、動いてるんじゃないかな

目線が変わる、見ていないところで動く——立派な怪奇現象である。

Kさんからここまでお話を聞いたところで、実際に私も座敷わらしの祀られる二階の部屋を見させてもらうことにした。

階段を昇ると、そこは7、8畳ほどの部屋があった。
そして、“はなちゃん”と名付けられた座敷わらしの憑代となっている日本人形がすぐに目に飛び込んできた。

自然と恐怖は感じなかった。
塗り直されたという表情はとても柔和で、微笑んでいるような、どこか生気を感じさせる顔だった。
人形の廻りには様々な玩具やお菓子がお供えされており、それを一つ一つを入念に見ている時だった——

ギシッ

木の板が軋むような音が、自分の左側から聞こえてきた。

音の方向に目を向けると、そこには玩具が沢山並んでいるだけで、特に異変はない。
家鳴りだろうか? 壁が軋んだのだろうか?
しばらく音の出所を探っていたときだった。

ぶら下げられたいくつもの玩具のうち、赤ちゃんをあやすためのベッドメリーが、突如としてゆっさゆっさと縦に揺れ始めたではないか。
突然の出来事に、数秒間思考が停止してしまった。

揺れ続けるベッドメリーをしばらく見つめていると「あ、動画に撮らなきゃ!」と思い至るころには揺れは収まりかけていた。
なぜ、いくつもぶら下がっている人形や玩具のうち、あのベッドメリーだけが縦に揺れ始めたのか。
考えれば考えるほど理解不能で、背筋がゾクゾクと寒くなるのを感じた。
慌てて階段を降り厨房に駆け込み、今起きたことをKさんに報告した。

「珍しいね〜。ほかのお客さんは20分以上待っても何も起こらないことがほとんどなんだけど。こんなに直ぐに反応があるなんて」

どうやら相当レアなケースらしい。喜んでいいのだろうか。

「君が色んなところでこんな話を集めているからじゃないかな。何か連れて来てるんじゃない? それで、はなちゃんも喜んでるのかもね」
「喜んでるんですかね。怒ってないといいんですけど」
「大丈夫だよ。怒ってたらね、表情に出るから

このKさんの一言にさらにゾクッと来た。
私がはなちゃんを見た時、柔和で微笑んでいるように見えたからだ。
もし、その顔が怒りに歪んで見えていたなら……少なくとも私は歓迎されているようだ。
そう、願いたい。

「毎日店にくるとさ、朝晩とはなちゃんに挨拶するんだ」
Kさんのお話からは、はなちゃんに畏怖を感じつつも、かけがえのない存在として大切にしていることが伺えた。
「自然と二階にお賽銭やお供えものが増えていってね。お客さんのなかには、このお店に来てからいいことがあったからって、何度も来てくれるかたもいますよ」

幸運を呼ぶと言われている座敷わらし。
私も不思議な出来事に遭遇したここ水音の里には、確かに座敷わらしのはなちゃんがいるのかもしれない。

最後にKさんはこんなことを仰っていた。
「いやー。本当にオダギリさんは運がいいね。いつもだったら開店中は忙しすぎて、こんなゆっくり話なんてできたんもんじゃないんだから。今日みたいな客足が引いた日に来てもらってよかったよ」
なんと。私もさっそく幸運の座敷わらしの恩恵にあやかれたのかもしれない。

始まりは遠野だった。何体もの座敷わらしが遊ぶ宿。

続いて私が訪れたのは新潟県柏崎市にある民宿「小さなお宿“和心(なごみ)”」である。
ここは私が「新潟県 座敷わらし」で検索してて見つけた宿だ。

この和心はオーナーの成田さんご夫妻が2019年に開いた民宿である。
元々2人は旦那さんの地元だった福島県双葉町で生活していた。

しかし、東日本大震災とそれが原因で起きた原発事故の影響で双葉町を離れざるをえなくなり、各地での避難生活を経験した。
最終的に旦那さんの仕事の都合で、新潟県柏崎市に居を構えた。

敷地内で居酒屋も営んでおり、宿に泊まったほとんどの方は調理師免許も持つ旦那さんの美味しい手料理とお酒を楽しんでいくのだそうだ。

成田さんご夫婦が座敷わらしと出会ったのはまだ福島県に住んでいる時、2008年のことだったという。
生まれながらに良くないものに憑かれやすかい奥様のたっての希望で、岩手県遠野市にある早池峯神社を訪れたのがきっかけだった。

この年の冬に訪れた成田さん夫婦は、神社の方に座敷わらしをお迎えしたい意思を伝えると「4月29日にいらしてください」と言われたそうだ。

遠野の早池峯神社では毎年4月29日に「ざしきわらし祈願祭」が行われている。
この時に、座敷わらしの魂が入った人形を譲り受けることができるのだが、予約必須で5~6年待ちと言われている。

ダメ元で同じ年の春にざしきわらし祈願祭に顔を出すと、運良く人形を授かることができたという。
座敷わらしの人形を受けたあとは、旦那さんの始めた事業も軌道に乗るなど良いことが立て続けに起きたという。

その時に譲り受けた一体目の座敷わらしの人形は現在、宿の事務所の神棚に飾ってある。

一体目。
そう、この和心さんで祀られている座敷わらしは一体だけではないのだ。
早池峯神社のざしきわらし祈願祭に足繁く通うご夫婦は、早池峯神社から合計三体の座敷わらし人形を譲り受けて祀っているのだ。
さらに、こちらも座敷わらしで有名な山形県のタガマヤ村で、座敷わらしの御霊分けをしてもらった人形を三体祀っている。

それぞれ、あいちゃん・まいちゃん・めいちゃん。せなちゃん・まなちゃん・りくくんと名前をつけて、まるで我が子のように親しみをこめて接しているという。

成田さん夫妻は東日本大震災の後に各地を転々としながらも、こうして新潟の地で事業を再び立ち上げやってこられたのも、座敷わらしがそばにいてくれたからだと感じている。

そこで自分たちだけではなく、多くのひとにも座敷わらしのご利益を感じて欲しいと2019年に始めたのが、この「小さな宿和心」なのだ。

宿泊者が体験する様々なできごと。そして私の前でも……!?

「私たちは日々の生活で不思議なことが起きるのは当たり前だと感じています。誰もいないのに声が聞こえたり、物が一人でに動いたりは日常茶飯事です。特別だとは思ってません」
旦那さんはこのように語る。
実際、宿に泊まった方も次々と不思議な体験をしているという。
そうした体験は各部屋に置かれたノートに書き込んでもらっているという。

「泊まってくれた方のなかには、一階から階段の上を見上げたときに、ぼっちゃん刈りの着物を着た男の子を見たって方もいます」

お話を伺っていたらこんな写真を見せてくれた。

これはね、私が撮影したんです。
お母さんと娘さんの二人で泊まられた方をね、座敷わらしの部屋に案内した時でした。
二人がスマホを取り出して、動画や写真を撮影していたんですよ。
そしたらね、何やら困り始めて。

「お母さん、スマホの設定いじるのやめて」
「なんでこんななっちゃうの?」

って言ってて。
何事か聞いたら、お母さんがスマホのカメラの明暗やズームをいじると、なぜか連動して娘さんのカメラも同じように動き出してしまうと言うんです。
不思議なことが起きているなと思って、私もすかさずスマホのカメラを起動したんです。
そしたら勝手にシャッターが落ちて。
すかさず自分でもシャッターを押して撮影したんですけど、勝手にとれた方にだけ、こんな風にびっしりオーブが写ってたんですよ。

確かに旦那さんに見せていただいた写真はまったく同じ構図で、オーブが映ってるものと映ってないものがあった。

「“視える”方がうちに泊まった時におっしゃっていたのはですね。どうやら六体だけじゃないんですって。家に入りきれずに庭にいる子もいるほど溢れているらしいんです」

成田夫妻の人柄だろうか。
たくさんのわらしたちがこの宿には集まってきているらしい。
ここで、私も座敷わらしを祀っている部屋を見学させてもらった。

実際に動画を見せていただいたが、ここでは勝手にボールが動き出したり、飾ってある玩具が動き出したりしている。
私も成田夫妻と一緒に祭壇を見つめる。

「さっきまで、お客さんがいたからね。もう今日は寝ちゃったかな〜」

旦那さんがそう言った瞬間。
飾ってある紙製の玩具やぶら下がっている人形がゆっくりと回転し始めた。
じわりじわりと左右に回っている。
部屋は空調も切っており、窓も襖も締め切って空気の動きはない。
しかも、動いている玩具たちはそれぞれ別々の位置に置いてあるものである。

「ねえ、動いてますよ!」と僕が興奮気味に伝えると、
「でも、夜はもっと大きく動くんですよ。今はお昼だからちょっとおしとやかですね」
勝手に人形が動いているのだけど……これでおしとやかな方なのか。

きちんと礼節を持って接すること。

今回取材した二件について共通していることは、座敷わらしをとても丁寧にそして礼節を持って接しているということだった。
どちらも座敷わらしに名前をつけ、朝晩はかならず挨拶をしているという。
座敷わらしは住まう家に幸福を呼び込む存在である。
しかし姿が見えなくなった時、その家は没落してしまうという。

もしかしたら、座敷わらしを親しみをこめて大切に扱うことで、いつまでも家に止まらせることができるのかもしれない。
そんなTipsを得たことで、今回の取材を終えようと思う。

さて、みなさんいかがでしたでしょうか?
ビジネス遠野という辛辣な肩書きを、私はこの記事で払拭することができたのだろうか。
答えは我が家の座敷わらしに聞いてみるとしよう。

検証結果
新潟にも座敷わらしのお話はある。なお座敷わらしは礼節をもって大切に接すること。

リンク
オダギリダイキ/小田切大輝/遠野怪談語り部/著作「遠野怪談」

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