自身の体験談を語る怪談師は決して多くない。その殆どは実際に怪異を体験した体験者から取材をし、聞き集めたお話を再構成して披露している。つまり取材こそが怪談師の命なのだ。我々怪談ガタリー編集部では、この取材という行為にフォーカスした企画を考えた。怪談師にお題を与えて、そのお題に則した怪談を取材をしてきて貰うのだ。
題して……怪談、聞いて来てもらえます?
今回怪談ガタリー編集部から抜擢を受け、落ち武者の目撃談について調べることになりました。
前編を見ていただくと分かる通り、現代でも非常に多くの目撃談が存在するようです。
しかし、そんな皆さんでも「武者」に直接取材をしたことのある人はいないのではないでしょうか?
そんな前人未到の取材を試みるため僕が訪れたのは——
ウソです。
歌舞伎町のバー
ええ、また新宿なのです。
とあるビルの地下2階、会員制の重い扉を開けるとそこで待っていたのは——
ブッチー武者氏です。
「……誰?」
と思われた方も少なくないでしょう。
確かにこの姿ではピンと来ないかもしれません。
それではこちらはどうでしょうか——
そうです。
『オレたちひょうきん族』の人気コーナー「懺悔の部屋」で、一世を風靡したあの神様です。
ドンピシャ世代の方は今頃スマホ片手に「あぁ~!!」と唸っていることでしょう。
前振りが長くなりましたが、独自ルートにより「本物の武者」ことブッチー武者氏への取材を行うことができました。
以下、武者氏が若いころに体験したというお話です。
武者さんが若手芸人時代、関東地方のとある劇場でネタをすることが決まった。
芸人としての修業も兼ねて1週間泊まり込み。
劇場の2階、事務所上の楽屋が宿替わりだった。
1日に4回のステージで出番は10分、それ以外の時間は暇を持て余すことになる。
だからといってぐうたらと過ごすわけではなく、ネタをブラッシュアップしたり本を読んだりして、出来うる限りの時間を芸の肥やしにしていたという。「それ」が聞こえたのは初日の夜のことだった。
時刻が0時をまわった頃。
本を読んでいたら何処かから人の声が聞こえることに気が付いた。
男性が2人、強い口調で言い争いをしている。「テメェ、コノヤロウ!」
「なんだやんのかバカヤロウ!」酔っ払いが喧嘩でもしているのだろうか?
窓を開けて辺りを見渡してみるが、人影は見当たらない。
武者さんが知る限りでは近くに居酒屋もないはずだ。
まぁいいかと窓を閉めて、その日は眠ることにした。
翌日、同じ時間になると——「フザけんじゃねぇテメェコノヤロウ!」
「なんだオメェもだろバカヤロウ!」また言い争っている。
しかも今度は「やめてよ!」という女の声も時折混ざるのだ。
武者さんは窓を開け身を乗り出すようにしてみたが、やはり人の姿は見当たらない。これが4日間続いた。
そしてあることに気が付く。
窓を開けた瞬間に声が止むのだ。
それ以降、怒鳴り声が聞こえることは一切なくなるという。
そして5日目。
今度こそ声の主を見つけ出そうと構えていたのだが、言い争いは始まらない。
不思議なことにその日から怒鳴り声が聞こえることはパッタリと途絶えてしまった。
結局それが何だったのか分からないまま1週間が過ぎ、東京へ帰ることになった。数日ぶりにあった先輩芸人から「どうだった?」と聞かれ、反省点やご飯が安かったことなどを話していると、そうじゃないと言わんばかりの顔で——
「声、聞こえただろ?」
一瞬何のことか分からず呆気に取られていると——
「あそこの劇場さ、出るの知らないの?『出る』っていうか『聞こえる』んだけど」
先輩の言葉でハッとした。もしかして毎晩聞こえてたあの怒鳴り声って——
「おうなんだやっぱり聞こえたんじゃねぇか! 泊まったの2階の事務所の上だろ。あそこな、人が死んでんだよ」
聞くとあの部屋では、女性を取り合った芸人2人が言い争いから喧嘩に発展し、そのまま片方の芸人がもう片方の芸人と女性までも殺めた事件があったらしい。
劇場の支配人は、若手の芸人が来るとそれを知らないのをいいことにあの部屋へ案内するのだそうだ。
武者さんはその話を聞いて鳥肌が止まらなかったという。「それはそうですよね、そんな話聞かされたら……」
同情めいた僕の言葉に武者さんは「そうじゃないよ」と重ねる。
「外だと思ってたんだよ、声がしてたの。けどずっと中で聞こえてたんだなって思ったらゾッとしちゃってさ。それに5日目から言い争いがなくなったのも不思議に思ってたんだ。でも……」4日目で死んじゃってたら、そりゃ聞こえなくなるよな。
武者氏が若手芸人時代、唯一の恐怖体験とのことです。
この話には他にも不思議な点があります。
それは、犯人側の怒声も聞こえていた点です。
亡くなられた片方の芸人さんと女性の声が死後も現場に留まることまでは理解できますが、何故かその時は生きていたはずの芸人さんの声まで留まっているのです。
ここに怪談の不思議さ、興味深さが詰まっているような気がしました。
「因みに落ち武者とか見たことないですよね?」という問いには、やはり「ない」という返答。
さすがに「武者が武者を見る」なんて奇跡はそう起きないか——と思っていると、
「釣りしてた時、後ろから甲冑の音が聞こえたことあるよ」
そう話し始めたのはカウンターにいた、このバーで働くUさんという男性でした。
「あれは不思議だったな、それまで水流の音が聞こえてたのに急に周りが無音になって。そしたら後ろからガチャ、ガチャ、って音が聞こえるの。怖くてそのまま固まってたらその音がなくなって、途端にまた水流の音が聞こえ始めたんだ。まるであの瞬間だけ空間が変わったみたいだったよ」
僕が食い入るようにUさんの話を聞いていると武者氏が「そういえば昔も変なことあったって言ってたよな」というので、「もし良ければ聞かせてもらえないですか?」とお願いすると、Uさんは快く「怪談ってほどじゃないんだけど……」
そう言ってこんな話を聞かせてくれたのです。
Uさんが20代の頃。
当時近所のバーでバイトしていたUさんは自転車通勤をしていた。
ある日、仕事を終え自転車で走り出してから間もなく、道端にマウンテンバイクが倒れているのを見つけた。
近くに持ち主がいるようには見えず、不思議に思いながらもその横を通り過ぎて帰宅した。次のバイト終わり、自転車で帰っていると、この間より少し離れたところでまたあのマウンテンバイクを見つけた。
やはり持ち主は見当たらない。
見たところキレイとまではいかないが、かといって目立った破損等も見受けられない。
Uさんが「捨てられている」と思わなかったのはそういう理由だった。
しかし、だからこそ“意図”を感じる妙な気味悪さがあった。それから数日にわたり3回目4回目と見かけるのだが、その度にマウンテンバイクはバイト先から離れていく。
いや違う。Uさんの家に近づいているのだ。
それに気付いたUさんは怖くなり、それ以降通る道を変えて帰るようにした。
それからは倒れている自転車を見ることはなくなったという。数日後。
その日はいつもよりバイトが長引き、帰るのが遅くなってしまった。
早く帰って寝よう——。
急ぎめでペダルを漕いでいると、ギターケースを背負った、ロックの好きそうな若い青年が自転車でこちらに向かってきているのが見えた。
自分と同じか、少し歳下だろうか。
だんだんと距離が縮まり、青年が乗っている自転車が見えた瞬間、心臓がギュっと締め付けられる。あのマウンテンバイクだった。
パニックになりかけたUさんはこの状況をなんとか腑に落とそうと頭をあらゆる可能性を考えた。
「たまたまかもしれない」
「もしくは自転車を倒して置いておくタイプなんじゃないだろうか?」
「海外映画でよく見るあれだ。それもまたロック」
などと、訳の分からない言い訳を並べて必死になっているUさんの顔をすれ違いざまに青年がぬっと覗き込んで——「きづいたぁ?」
確かにそう言って、そのまま青年はどこかへ走り去っていってしまった。
後日、ここでギターを背負った青年が車に轢かれ亡くなったということを知ったが、あの夜出会った「アレ」がその青年だったかどうか、結局Uさんには判らなかった。
以上がその場に居合わせたUさんから取材をしたお話です。
それ以降見ることはなかったそうで、まるで悪戯に遭った気分だったと語っていました。
もしそうだとしたら、なんと趣味の悪い怪異でしょう。
本物の「武者」を目指して来たら思いがけずさらなる不思議な体験談を取材をすることができ、怪談とはこんなにも身近で誰のもとにでも起こりうるものなのだと再認識しました。
この機会を設けてくださったお礼を伝えようと武者氏を見ると——
めちゃくちゃ怖がってました。
神様も案外怖がりなのかもしれません。
改めて、取材のお礼を伝えました。
「今日はお忙しい中ありがとうございました……お義父さん」
ブッチー武者氏は、僕の義理の父です。
皆さんもぜひ会いに来てあげてください。
新宿、歌舞伎町の「女無Bar(メンバー)」で神様が待っていますよ。
さて、初めはどうなることかと思いましたが、全く想定していなかったところへ着地することになりました。
念のため書いておくと、一連の取材は前編で触れた「幽霊の寿命説」を、否定も肯定もするものではありません。
多くの目撃情報がありましたが、それらは体験者における事実に基づいたものであり、それ以外の何物でもありません。
落ち武者の幽霊が寿命を全うしたとて、それを観測することはできないし、現代に現れる落ち武者はたまたま寿命が500年だったのかもしれない。
そうした偶然や人の理では説明できない事象、不思議体験を「怪談」と呼んで楽しむことが僕は好きだったりします。
あ、それでいえば「武者」を義父に持つ僕のもとに「落ち武者」のお題が課されたことは、果たして偶然だったのでしょうか?
身近で誰のもとにでも起こりうるもの——それが「怪談」でしたね。
これにて「落ち武者探し」はおしまい。
神様の義理息子、八重光樹でした。
ではまた。
検証結果
最近でも落ち武者の霊を見た人はいるし、本物の武者は歌舞伎町にいる。
リンク
八重光樹の怪談シンセカイ(YouTube)
Yae Mitsuki OFFICIAL(Adobe Portfolio)