第六服『知ってる? 韓国の怪異』

先週末、韓国はソウルに行ってきた。
観光ではない、本業のグラフィックデザイナーの仕事である。
今まで大して多くないながらも海外旅行をしたことはあるのだが、灯台下暗しではないけれど、お隣韓国に行くのは初めて。
日本語も通じる店は多いし、場所によっては案内板にまで日本語も書いてあり、街の風景も日本に近しいところがありとても過ごしやすい。
山の急斜面に折り重なるように家々がみっちりと軒を連ねていて、その結果ルーフトップに異様に凝る文化があったり、高層ビルの高さが異様なほどだったり、一方パラサイトで有名になった半地下の家もあったり、過密都市ゆえの高低差の激しい街並みに新鮮な楽しみを覚えた。

さて、土地の文化に思いを馳せるのもいいが、
せっかく韓国に来たのだから、韓国の怪談が欲しい!
というわけで、現地のコーディネーターさんに撮影の立ち会いの合間に話を聞いてみた(仕事中に何をしてるんだ……)。

赤いマスク

現在25歳のコーディネーターの女性・Aさんによると、子供の頃、つまり15〜20年前くらいに「赤いマスク」が流行っていたとのこと。
「赤いマスク」とは、日本でいうところの「口裂け女」である。
街角でトレンチコートとマスク姿の女が「わたし、きれい?」と話しかけてくる。
「きれい」と返事してしまうと、「これでも?」とマスクを取って耳まで裂けた口を見せつけ、「わたしと同じにしてあげる」と言って子供の口を裂く、というのだ。
ここまではほぼ日本と同じなのだが、その口を覆うマスクが「赤い」というのが彼女のアイデンティティ。
コロナ禍でマスクでのおしゃれが当たり前になった現在ならいざ知らず、当時は赤色のマスクなんて存在しなかっただろう。
かなりのハイセンスガールである。
なぜそこに個性を出したのか明確な理由は不明だが、日本において当初は人怖的なリアルな質感をもった存在だった口裂け女が、すっかりキャラクターとして定着したのちに「輸入」されたことで、いかにも怪異らしい有り得ない容姿として「赤いマスク」が設定されたのだろう。
「赤いマスク」は、日本での「口裂け女」の1979年の爆発的な流行から数年遅れて1983年に釜山で初めて目撃され、1990年代、2000年代と何回か全国的に流行したという。
Aさんはその2000年代の流行に立ち会ったわけだ。
「すごく学校で話題になってて、怖かったですね~」と語る彼女。
日本ではすっかり過去のものとして扱われがちな「口裂け女」だが、韓国ではこんなに若いお嬢さんが恐怖の対象として口にする位現役なのだ!
思わずにやりと口元が綻んでしまった……気持ち悪いデザイナーである。

ちなみに、そうやって幾度もの流行を経てオリジナル設定はどんどん加速していき、アパート8階以上の長身という八尺様もびっくりな設定が生まれたり、A型は少し引き裂き、B型は頬まで、AB型は耳の下まで、O型は顔の端まで引き裂く、という血液型によって引き裂き度が変わるというあまりに謎すぎる説が囁かれたり、赤いマスクだけでなく、口を横ではなく縦に裂く男性の怪である青いマスク、赤いマスクの口を裂いた整形外科医である白いマスク、口の匂いで窒息させる黄色マスク、赤いマスクを殺すために追跡する黒いマスクなど、まるで戦隊モノのような新キャラが爆誕したりしたそうだ。
思いつきのようなカラーリングだが、五行の色にも対応していて、火気の「赤」の恋人ともされるのが相生関係にある木気の「青」であったり、天敵が相克関係にあたる金気の「白」と水気の「黒」だったりするのが、意外と設定が練られていて興味深い。
といいつつ、緑マスクもピンクマスクも居るらしいので、特に意味はないのかもしれないが。

日本と似てるけどちょっと違う怪異たち

実は「赤いマスク」のように日本の怪異と似ているけどちょっと違う、そんな怪異たちが韓国には結構存在するので少し紹介しよう。

例えば、ターボババア×化け猫×鬼婆のような怪異である「香港おばさんお化け」
香港行きの飛行機に乗っていたお婆さんが墜落事故の際に連れていた猫と融合し、顔の半分が人で半分が猫のお化けになってしまう。
猛スピードで走り、高く跳び、子供を攫うという。
雑に混ざってしまった結果、超人的な能力を得る由来は、怪異というよりアメコミのヴィランのようだ。
ちなみに、実際にはそんな飛行機墜落事故は起こっていないらしいので、なぜに香港なのかは一切不明である。

トイレの花子さん×ハンプティダンプティのような「タルギャル鬼神(卵お化け)」も面白い。
学校のトイレの個室を一つ一つ「いない」と確認している声とトントンという音がして、自分の個室の前で止まる。
ドアの下からそっと覗くと、「いる!」という声と共に目が合ったのは、逆さまにこちらを覗いている卵のような体に細い手足のついた異形だったという話。
見た目が可愛いくて全然怖くないと思いきや、自分の事を人に口外するなという約束を破った生徒を食べてしまうこともあるらしく、油断できない。
他にも学校の怪談でいうと、二宮金次郎のように特定の人物ではないのだが校庭の銅像が動くというのが定番だったり、「赤い紙青い紙」と全く同じ怪談も存在する。
「自由路お化け」という高速道路でヒッチハイクする女幽霊もいたり、話を聞けば聞くほど恐怖の対象の類似点と相違点のコントラストにワクワクさせられるのだった。

鬼神になったMOMO

そんな風に韓国のいろいろな怪談について聞いている中で、
「あっ! そうだ、モモオバケ! モモオバケがすごく怖かった……」と突然思い出したようにAさんが怯え出した。
「モモ? 果物の桃ですか?」と聞き返すと、首を振り、見返すのも怖いといった風情で一枚の画像を見せてくれた。
まん丸に見開かれた目に大きく裂けた口。

オカルト好きな皆さんなら見慣れたあの顔。
相蘇敬介氏の姑獲鳥(ウブメ)像であった。
「姑獲鳥」は中国に伝わる子を攫う鳥の妖怪なのだが、日本の産褥死した女の妖怪である産女と同一視され、ウブメと呼ばれるようになった。
その妖怪を相蘇氏が独自の解釈で造形したのがこの姑獲鳥像なのだが、それがとある「チャレンジ」に無断使用されてしまった。
もはや説明は不要かもしれないが、2010年代後半に話題となった子供たちにSNSメッセージで自殺を教唆する命令が届くという「MOMOチャレンジ」
実際はそれで自殺した子供は存在しないのに、「そういうチャレンジが流行っているらしい」という噂そのものが親を震撼させ世界的な流行に発展した、現代の都市伝説である。
その命令を送ってくる人物「MOMO」のアイコンとしてこの姑獲鳥像の顔のアップ写真が使用され、実に不名誉な形で世界中の認知を得てしまったのだ。
Aさんも当然本来の姑獲鳥像のことは知らず、「この顔が怖すぎて今でもまともに見られない」とかなり怯えていた。

姑獲鳥像の名誉挽回のために一肌脱がねば! と、都市伝説展で顔真似をして撮った2ショットを見せてみたが、Aさんの表情は和らぐどころかより硬くなった気がした。

つまり、彼女は「MOMOお化け」と言っていたのだ。
韓国でお化け・霊を鬼神と呼ぶので、正式な表記は「MOMO귀신(鬼神)」である。
本来は「MOMO」は不気味なメッセージを送ってくる第三者の不審な大人であるはずなのだが、韓国に伝わり子供たちの中で噂される間に、人ではない「鬼神」と呼ばれるようになっていたらしい。
姑獲鳥として造られた彫刻が、怪異性を奪われてホラーアイコンとして使用されたにもかかわらず、巡り巡って再び本来の性質に近い「子供を殺す鬼神」として子供たちに産み直されていたというのは、なんだか運命的である。
吉田悠軌氏が『現代怪談考』でも述べる通り、これもひとえに相蘇氏の怪異を生じるほどの爆発的な芸術性の成せる技なのだろう。

本業の合間にそんなことを考えながら目まぐるしく過ぎていった韓国出張であった。
韓国の女性祭祀・巫俗も気になるし、またゆっくり訪れたいものである。

※おまけ

空き時間に少女の霊が出ると噂の廃遊園地施設・ユンマランドにも行ってみたが、猫の楽園すぎてひたすら癒されて帰ってきた。
参考文献

島村恭則『日本より怖い韓国の怪談』(河出書房)
吉田悠軌『現代怪談考』(晶文社)
Webサイト「ナムウィキ」【赤いマスク】
ブログ「ヌルボ・イルボ 韓国文化の海へ」【韓国の怪談(都市伝説)その1 赤いマスク(口裂け女)】【韓国の怪談(都市伝説)その2 タルギャル鬼神(玉子お化け)の2タイプ】
Webサイト「Creatrip」【韓国の不気味な都市伝説】
Webサイト「KBS WORLD JAPANESE」【韓国の怪談・都市伝説 –1/–2】

はおまりこ
幼少の頃より妖怪や不思議なものが大好き。怪談最恐戦2023への挑戦をきっかけに怪談語りを始める。民俗学オカルトがテーマのZINE「怪異とあそぶマガジン『BeːinG』」も制作。普段は演劇やミュージカルの広告ビジュアル等を制作するグラフィックデザイン事務所をしながら、大型犬サモエドのソラン(♂)と暮らす。

関連記事

TOP