溜め池

平成六年の頃の話である。
その年、日本は記録的な水不足に見舞われた。
語り手である舞香さんはまさに深刻な水不足に悩まされた四国地方の人で、家の裏手にある溜め池が枯渇するほどの被害を体験した。
溜め池は古くからそこに存在するもので、池の中には鯉や鮒なども泳いでいたそうである。
日本中が渇水の話題で大騒ぎする中、池が刻一刻と蒸発して行くのを見て舞香さんは子供心にとても焦った。だがその渇水は収まらず、第二の生活用水として利用していた池も干上がった場合、完全に水源が絶たれてしまう恐れがあった為だ。
ある日、その池を眺める祖父がぼそりとこう呟いた。もしかしたら井戸が見れるかのぉと。
祖父が言うには、祖父の父に当たる人物がまだ若い頃、そこにはすり鉢状に掘られた地面の底に、井戸があったらしい。そしてその井戸から急に水が溢れ出し、とうとうその地形の通りに溜め池になったと言う経緯があると言う。
それから数日の後、その話を裏付けるかのようにして池の真ん中から井戸が姿を現わした。干上がる池の中では残る水を求めるようにして魚が跳ね回り、もう間もなく全てが息絶えるだろうと思っていた矢先——
「井戸の中に魚を放り込め」と祖父が言う。
すると家族全員がそれに賛同し、何故かその役目は舞香さん一人に回って来た。
仕方無く、ぬかるんだ池の中に足を埋め、魚を拾っては井戸に投げ込み、拾っては投げ込みを繰り返し、やがて全ての魚がいなくなった後、井戸に向かって祈れとそう告げられた。
意味も分からず井戸に手を合せる舞香さん。やがて夕暮れが近付き、懸命に陸へと上がるも手足を洗う水さえも無い中、舞香さんは泣きながら泥を削り落としつつ家へと向かったそうである。
だがその翌日、池は見事に復活していた。水は透明に透き通り、その底には舞香さんが救った魚達も優雅に泳いでいた。
どうしてこうなったのかと祖父に聞けば、曾祖父の母である人が、同じようにして干ばつの際に井戸へとお供えし、祈りを捧げ、今のような池となったらしい。
結局そのおかげで深刻な水不足はかろうじて免れたのだが、舞香さん自身にはどうしても釈然としない疑問が残ったそうだ。
かつて曾祖父の母が井戸に“何か”を放り込み、祈りを捧げた際、その放り込まれたものは一体何だったのか?
家人が昔から、「池の魚は喰ってはいかん」と頑なに言い聞かせていた事に何か関係はあるのか。
全ては謎のままだと言う。


ディレクター業、及び映像作家。芸能方面にて経営から企画、プロデュースを行い、マネジメントや自らがミュージシャンとして活躍するなど、多岐に渡って活動を行う。一方、ウェブ作家として活動する父“筆者(ふでもの)”と共に、お互いの得意分野を生かしての“怪談”と言うジャンルに挑戦。一日一話、二千話終了のショート怪談を、Xアカウント”みっどないとだでい”にて連載中。

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