自身の体験談を語る怪談師は決して多くない。その殆どは実際に怪異を体験した体験者から取材をし、聞き集めたお話を再構成して披露している。つまり取材こそが怪談師の命なのだ。我々怪談ガタリー編集部では、この取材という行為にフォーカスした企画を考えた。怪談師にお題を与えて、そのお題に則した怪談を取材をしてきて貰うのだ。
題して……怪談、聞いて来てもらえます?
自信満々に意気揚々と報告する僕は、その後に続く編集長の言葉に凍りついた。
「ところでその赤いドレスの女性、髪は長かったですか?」
え?
「取材したその赤いドレスの女性の髪は、長かったですか?」
![](https://kwaidan-gtr.com/wp-content/uploads/2024/06/IMG_5943-1024x1024.jpeg)
「そこでふと思ったのですが、これだけ様々な怪談の中に登場する『赤いドレスの女』なら——寧ろ赤いドレスの女の方が、怪談を持っているんじゃないか? 取材してみたら、それこそとんでもないお話が聴けるんじゃないか? つまりですね、村崎さんには街にいる髪の長い赤いドレスを着た女性から、怪談を集めてきて欲しいのです」
なつさんはショートで毛先に金色のカラーを遊ばせた、とても素敵な女性だった事を伝えた。
「うーん、なるほど……そうですか。『赤いドレスの女』は合ってるんですが、髪が長くないとダメですね。怪談自体はとても素晴らしかったので、ぜひその調子で髪の長い赤いドレスの女性に取材して来てください!」
プッ、ツーツーツー。
おい、テメェ。ぶっ飛ばしてやろうかっ!!
そんなセリフが喉まで出かかったが、ここは今後デカいエサ(経費)にありつく為に噛みつかない方が得策だろう。
そう……この世は金を出す奴が偉いのだ。
振り出し
とは言っても、数時間歩き回って奇跡的にみつけた「赤いドレス」が、次もそう簡単に見つかるとは到底思えない。
ふくれっ面で池袋を徘徊していると、黒スーツの男が何故か空中をチョップしながら話しかけてきた。
「オッス!お兄さん、お探しッスか?」
キャッチだ。
どうせ無理だろうと思いながら企画内容を話すと、
「赤いドレスで髪がロング? えー……お兄さん変わってるッスね」
そうだろう、そうだろう、そう思うだろう。
その顔はもう今日何度も見てきたよ。
諦めて歩き出そうとしたが、
「いや! ちょっと待ってください! もしかしたらワンチャン行けるかもッス!」
男は絶えず空中をチョップしながら、もう片方の手でどこかに電話をかけはじめた。
「……オッケ! 行けました! お兄さんツイてるッス!!」
おえぇ?!
まじ……か、え! マジか!!
「え? 赤いドレスですよ?」
「赤いドレスッス!!」
「髪はロングですよ?」
「バッチリ! ロングッス!!」
すごいぞチョップ男!!
まさかこんなにあっさり見つかるとは。
実は最初っから、そのチョップの角度は何か持ってるんじゃないかと薄々思っていたんだよ!
「こっちッス! こっちッス!」
ダウジングさながらに男のチョップする方向に導かれ、どんどんと暗がりの方に進んでいく。
……ん? あれ? なんかおかしくないか?
よく考えてみたら、なんか話が出来すぎじゃないか?
こんな短時間に、そんな条件の人が本当に見つかるのか?
そして、こんな暗い道の先に本当にお店があるのか?
あ……これあれだ!
映画で見た事あるやつだ。
頭の中で北野武監督『アウトレイジ』の冒頭シーンが再生される。
気弱なサラリーマン風の男が、キャッチについて行った先のぼったくりバーで高額請求されるあれだ。
やっちまった……店を出る時に剃り込みの入った男達に囲まれて、100万円請求されるやつだ。
そんなの絶対経費じゃ落として貰えない、自腹確定だ。
これはなんとか隙を見て逃げ出さなければ。
しかし問題は僕の足が壊滅的に遅い事だ。
おそらく小学生より遅い。
「陸に揚げられたタコがコンクリートを這って移動する速度」と同じくらいと思ってもらって差し支えない。
これはピンチだぞ。
「そういえばお兄さんあれッスよね? 怖い話調べてるって事はあの話知ってます?」
逃げるタイミングを探してる時に、チョップが話しかけてきた。
チョップの話
なんか最近……
池袋の繁華街でよく赤い封筒が大量にばら撒かれてるんですけど、それ絶対拾っちゃいけないらしいんスよ!
詳しくはわかんないんスけど、アジア系の外国人の組織がばら撒いてるらしいとか聞いて、すごい呪いがかかった封筒らしいッス!
だから気を付けてくださいね!
あと全然関係ないッスけど、今通り過ぎたここのビル。
ちょっと前に女が飛び降り自殺したんスよ!
怖いッスよね!
あれ?
盛り上げようとして怖い話してくれてる?
チョップ……ひょっとして良い奴なんじゃね?
僕は「良い人の基準」が世間とは少し違っている。
怪談をくれる人=即いい人判定なので、速攻チョップの事を信用した。
そんなこんなで明るい道に出て表通りにあるいたって普通っぽいキャバクラに案内された。
ただ単に裏道を通っただけかい!
「この人いい人なんで、いつもよりサービスしてあげて欲しいッス!」
チョップが受付の人にそう伝えるとすぐに席に案内された。
なんて良い奴なんだ……アディオス、チョップ!
髪の長い『赤いドレスの女』
「お待たせしました アキラです」
赤いドレスの女性が隣に座った。
おお!
本日2人目の赤いドレス、しかも髪型はロング……っちゃあロングだ!
うん。これは、確実にロングの部類に入るだろう!
下の写真では分かりずらいが、実際はかなりロングだった!!
「実体験じゃなくてもいいなら、私すごい変な話もってますよ!」
![](https://kwaidan-gtr.com/wp-content/uploads/2024/06/reddress7-1024x665.jpg)
私がいつもお願いしてるネイリストさんが、めちゃめちゃヤリマンで(笑)
違う!
本当にここからちゃんと怖い話に繋がるから!!(笑)
で!
その夜もどっかで引っ掛けた男とラブホに行ってそういう行為をしてたんですって。そしたら正常位のポーズになった時に、
白い天井の壁から、
ゆっっくり女の顔がぬぅ……って突然生えてきて、
耳元くらいまで顔を出して、
目をギョロ……ギョロって動かしたと思ったら、
ピタッと目があって、
とにかく凄い形相で、
自分の事を睨んできたんですって。でもそのネイリストさん肝が座ってて。
酔っ払ってるし、もしかしたら見間違いかもなって、特に気にせずそのまま行為に及んでたんです。
で、事が済んでからその日はそのまま寝て。
後日その男とまた会った時に……
「俺、実は彼女がいるんだよね」
そんな事言いながら見せてきた写真が、天井から生えてたあの女の顔写真だったらしいんですよ。
え!? この人こないだ天井から覗いてた人じゃんって。
「私この女見たよ! いや、気を引きたいとか構って欲しいやつって思われたくなくてあの時は言わなかったけど、ずっと天井から私達のこと見てたよ?」
って伝えたら、その男ドン引きしちゃって。
それから連絡とれなくなっちゃったらしいんですよ。
おおお、だいぶ変則的だけど生霊の話だ!
だいぶ変則的だけど!
すごい……やはり『赤いドレスの女』は怪談を持ってる説は、正しかったんじゃないか?
「じゃあ時間なんでいきます! 取材がんばってくださいね!」
明るくて話しやすいイイ人だったなぁ。
「こんばんは、お隣いいですか?」
次に席に着いてくれたのは、まいさん。
黒いドレスの女性だ。
「変な話してもいいって言われて来たんですけど、本当に話してもいいんですか?」
もちろん大歓迎だ。
ぜひ聞かせてもらいたい。
≪お写真NG≫
まいさんの話
ちょっと特殊な話かもしれないんですけど。
私の知り合いの男の子が結構ヤンチャしてて。
もう何回も捕まったりしてるんですけど。
捕まる理由がその男の子、知り合いの女の子を使って美人局やってて。
もちろん犯罪だから捕まって当然なんですけど。
自分からしたら正義の心でやってるらしいんです。
女を金で買う男なんかこの世から居なくなればいい。
「そんな男には何をしても許されるし、だから恐喝して金を巻き上げてやるんだ」
ってちょっと歪んだ持論を持っていて。
そんなんだから何回も何回も捕まって、そのうち友達とかも離れて行っちゃって。
一緒に美人局やってた、チームの仲間からも否定されるようになってきて。
最終的にその男の子一人ぼっちになっちゃって。
で、そのくらいの時に……
自分の思ってる正義は世間にとっては正しい事じゃないんだって段々気付いてきて。
そのギャップに絶望してこないだその男の子、自分で首吊って死んじゃったんですよ。
うわ、うわ……これはエグいヒトコワだ。
生々しいなぁ。
「ありがとうございました! 楽しかったです!」
笑顔で立ち去るまいさん。
「こんばんは! たぶん私が最後じゃないかな? よろしくお願いします!」
最後に来てくれたのは、紺色のドレスのしおりさん。
![](https://kwaidan-gtr.com/wp-content/uploads/2024/06/reddress8-1024x665.jpg)
私が唯一体験した話なんですけど。
13歳の頃の夏に、夜暑いからドア開けっ放しにして寝てて。
で、夜中に寝苦しくて起きちゃって。
なんとなくドアの方を見たら、廊下に白いワンピースを着た女が立ってて。
「うわ!」
ってなったけど、それ見た瞬間ありきたりっていうか……
白いワンピースの女って(笑)
いかにもすぎて、なんか全然怖くなかったんですよ(笑)
で、そのまま二度寝して。
お姉ちゃんが怖がりだから、起きたらこの話してやろうって思って。
朝、隣のお姉ちゃんの部屋に行ったら、私が喋りかける前にお姉ちゃんが、
「昨日ドア開けて寝てたら白いワンピースの女が廊下に立ってた!」
って言い出して。
お姉ちゃんも全く同じ幽霊見てたから、全然驚いてくれなかったんですよ!(笑)
なるほど!
姉妹揃って同じ幽霊みてたのか!
しかも、赤いドレスの女性を探してたら、紺色のドレスを着た女性から、白いワンピースの幽霊の話が聞けるとは。
そんな話で盛り上がってると、あっという間に終了の時間が来てしまった。
ビビりながらお会計の値段を確認したら、めちゃくちゃ良心的なお値段で安心した。
ノット・アウトレイジ。
全員善人。
店を出て地下鉄の駅の方角に向かっていると背後から声がした。
……ッス……ッスよ!
幽霊か?!
と振り返ると、こっちに向かって走ってくるチョップだった。
チョップ!! チョップじゃないか!!
「大丈夫でしたか? 取材できました?」
おかげでいい取材ができた事を伝える。
「良かったッス! また池袋来た時は、ぜひよろしくお願いしまッス!」
固い握手を交わしチョップと別れ、こうして僕の試練は幕を閉じた。
検証結果
髪の長い『赤いドレスの女』は良い怪談を持ってるし、周りの人達も結構持っている。