
妹が死んだ時の海亀、人形の材料にイヌは適してないよ、忘れたサソリが群れで降る、蛇が喋るまで待って——
本書を一読して感じたのは、圧倒的な「言葉の力」がもよおす恐怖である。
収録されている怪談は、そのタイトルから体験談の細部まで、不気味かつ印象的な響きをもつ言葉が散りばめられている。
これらを口に出して唱えてみる。語呂とリズムが良い。
話し言葉として違和感がなく、文法も破綻していない。
なるほど、朱雀門出氏の怪談は書籍のみならず本人がイベント等で語る形で発表されるときも魅力を損なわないのはそのためか、とも思う。
怪談やホラーコンテンツにおいて言葉や文字列を不気味な素材として扱う際、たとえば理解できない言語や音声、自動翻訳されたような不自然な文章、文字化けした判読不能な文字列などが効果的に用いられているが、朱雀門氏の怪談に登場する言葉は文法や音節が必ずしも解体されているわけではなく、それぞれの単語の組み合わせが絶妙にかけ離れている。
意味を成すはずがそれを結ぶには遠い——その距離感が不気味なのだ。
時には「レネ●●ピス」のように欠損や欠落があったり「子供のお漬物がへれめてる」といった、ありそうだけど知らない、くらいの匙加減で発せられたりもするのだが、作中で発せられる言葉は判読不能なほど逸脱していないがしかし、単語の意味と響きには凶相を見出さざるを得ない不穏な気配が漂っている。
朱雀門氏はシュルレアリスムにおけるデペイズマン——日常から、あるいは時間や空間の法則から切り離された意外な組み合わせがもたらす衝撃的な効果を、怪談文芸のフィールドで果敢に実践している作家だと言い切るのも大げさではない——と筆者は考えてしまう。
作家が探求し蒐集した怪異の言葉の数々に感服するとともに、この世にはこんなにも不気味な文字列と言葉の組み合わせが存在するのだな、という驚きを与えてくれる。
もちろん、本書は言葉遊び的な面白さだけに支えられているわけではない。
朱雀門氏は自著の有り様を「志怪小説」を引き合いに述べているが(詳しくはゲーデル氏のYouTubeチャンネル「怪談夜話」ゲスト登壇回参照)、一貫して不条理であり、因果応報や呪いというオカルト的道徳観が反映された心霊話では決してない。
体験者は前触れもなく怪異的存在と現象に無作為に遭遇し、その結実として時には怪我を負い病気になり、記憶が抜け落ち、場合によっては死に至る。
中には鬼や仏像が登場する話もあるし、古今東西の怪談・奇談の中に記された妖怪や魑魅魍魎にルーツを見出せる存在もいるだろう。
しかし現実から突如暗い穴ぼこに落下するような、この世界からずれた位相に迷い込むような体験談を読んだ読者はむしろ、幽霊・霊魂よりも宇宙人・知的生命体の類を連想するかもしれない。
不条理は時に絶望的な恐怖をもたらすかもしれないが、それでいてシュール・ナンセンスな味わいが共存していているのも言わずもがな、である。
たとえば今作では、エレベーターに男性器が落ちている、という珍妙な話が収録されているが、それ自体が事件性なく身体から切り離されてオブジェクトとして存在し、エレベーターというあり得ない場所に配置されると、男性器という社会的な記号、猥褻さや秘匿すべきプライバシーといった意味が剝ぎ取られる。
言葉だけでなく、描かれた事象もデペイズマンである。
芸術作品ではなく体験者が垣間見てしまった光景であり、あくまでそれは怪異であるのだから、体験者に教訓や感動を与えてくれるわけではない。
ただただ怪異として納得し、私たちはこの世界の有り様を疑うことしか見出せない。
それにしても。
怪談の領域である「わけのわからないもの」が条理の世界に侵入してくるときに、わからないけど認識できるギリギリのラインを狙った人語を発して接近してくる、というのはやはり恐ろしいのではないか。
朱雀門怪談は、怪談領域との境界、その接合部分が不気味な言葉なのである。
活字として印字されたそれを所持し目で追うことで、ますます接合が強まり、怪談それ自体の強度が増すように思えてならない。
また、本書の特徴は挿絵付きで竹書房怪談文庫の規定の頁数よりも多く、装丁もひじょうに凝ったものになっている点も挙げておく。
怪談各話には著者本人の手によって描かれた(!)怪画が添えられており、これは怪談に登場するモチーフや場面を、やや抽象化し素朴なタッチで描いたもの。
頁をめくると挿絵が話の合間合間に配置されている佇まいは、たとえば江戸時代の木版で刷られた怪談集の挿絵であったり、古典的説話集の雰囲気に近いのではないか——と感じる。
朱雀門氏はそれらに触れて膨大に知のストックがある作家なのだから(氏のYouTubeチャンネル「朱雀門Collection」はためになります)、むしろ現在流通している怪談本のパッケージよりも、こちらのほうがあるべき姿なのかもしれない。
是非とも新刊が書店に並んでいるうちに、紙媒体の書籍を手に取って頂きたい。