第八服『巳年怪談』

2025年が始まった。
毎年、1年があっという間すぎてついていけないと思っている気がする。
12月の半ばには、奇跡の9連休だった年末年始に色々やってやろうと思っていたのに、蓋を開けてみれば一瞬で過ぎ去ってしまった。
おそろしい——こうして一生は瞬く間に過ぎていくのだ。
となれば、やりたいことは余さず挑戦しなければと思うのに、そう思ううちにまた気づけば1年過ぎるのだろう。
ということで2025年、巳の年が始まった。
本年も奇ッ怪ちゃばなしをよろしくお願い致します。

新年一発目は巳年にちなんでYouTubeで蛇怪談の動画でも出そうか、なんて思っていたのに、早速出来ていない。
幸先が悪すぎる!
せめて蛇神様へのフォローのためにも、この奇ッ怪ちゃばなしで蛇怪談をお届けしようと思う。

遠野で起きた食品店の受難

岩手県遠野出身の鈴木さん(仮名)から聞いた話である。
20年あまり前、鈴木さんがまだ幼かった頃の話だ。
特定を避けるため詳細は伏せるが、とある食品を扱う専門店の名門が2つあった。
一つは今も老舗として営業を続けているN店。
そして、もう一つがY店だった。
当時は「ウチはN派、お隣はY派」なんて言われるくらいに市内の人気を二分しており、お互い切磋琢磨し合いながら成長し続けていたという。
そんな中、Y店がさらなる事業拡大のために、新工場を構える計画を立てた。
これができればさらに生産数も増え、県外への販売も可能になる。
今後の事業展望に胸を躍らせながら、建設予定地を定め、いざ基礎工事が始まった。

だが、すぐに一つの問題が発覚する。
工場予定地の一角に、夥しい数の蛇が生息している事が分かったのだ。

気にせず工事を進めてしまえばいいじゃないかと考える方もいるかもしれないが、昔から蛇に害を為すと祟るとよく言われる。
そこは民間信仰の根付く遠野であるから、なるべく殺生を避けようと最初は見つけ次第捕獲して敷地外に逃していたらしい。
だが、戻ってきているのか、巣穴でもあるのか、何度捕獲と移動を繰り返してもキリがなかった。
いざ工事の段になると、気づけばその一角に蛇が絡まり合いながら蠢いているのだ。
すでに建設工事の予定は大幅に崩れている——これ以上の遅れは看過できない。
弱った工事業者は、Y店の社長に相談をせずに、蛇たちを巣から根こそぎ駆除してしまったらしい。
それからは順調に工事は進み、ついに新工場が完成した。

しかし、新工場ができてからというもの、あんなにも人気だったY店は、瞬く間に経営が傾き倒産してしまう。
無理な事業拡大が祟ったというのが現実的な見方だが、遠野の人々はまことしやかに「遠野物語と同じだ」と囁き合ったという。

実は、これは平成の時代に起きた出来事だが、全く同じような話が『遠野物語』に収録されているのだ。

遠野物語・ザシキワラシの話に隠れた蛇の祟り

柳田國男『遠野物語』、十八段から二十段で語られている山口孫左衛門の家についての話だ。

山口孫左衛門の家には童女のザシキワラシが2人いると言われていた。
ある日、村の男が見知らぬ童女2人に出会う。
2人は孫左衛門の家から出て、これからある村の豪農の家へ向かうという。
これを聞いて男は、これはザシキワラシだ、孫左衛門の家も永くは無いだろうな、と思った。
ほどなくして、孫左衛門の家では主従20数名が茸の毒にあたり死亡し、7歳の娘だけが生き残った。
(中略)
残された者たちが突然の主人の死に動転している間、生前主人に貸しがあったと言う者が次々に現れ、孫左衛門の家からは味噌の類まで持ち出されてしまい、長者であった家は瞬く間に滅んでしまった。
これらの悲劇が起こる前にはさまざまな異変があったという。
下男たちが藁を鍬で掻き出していると、その中から大きな蛇が出てきた。
主人の孫左衛門は蛇を殺さないよう下男たちに命じたが、下男たちはそれを聞かず勝手に殺してしまった。
藁の下から出てきた小さな蛇たちも、下男たちは面白半分に皆殺しにしてしまった。
下男たちは屋敷の外に蛇塚を作り、そこに蛇を埋めたというが、埋めた蛇の数は竹籠で何杯もの数になったという。

※柳田國男『遠野物語』十八段から二十段を要約

『遠野物語』本編の流れとしては、ザシキワラシによる家の盛衰の例として挙げられた逸話のうちの一つなのだが、こうして読み直してみると、蛇の祟りの凄まじさを描いた物語ともとれる。
ザシキワラシが出ていったから没落したというよりも、蛇の祟りによって茸毒事件が起こるのを察知して、いち早く別の家に避難したように見えてくる。
しかも興味深いのが、この『遠野物語』の孫左衛門も、Y店の社長も、自らは蛇の処分を命じていないところだ。
両者とも、自分の預かり知らぬところで使用人が勝手に蛇に対して禁忌を犯し、その結果、家が没落するという途轍もない損害を被る。
しかも、孫左衛門に至っては蛇を殺さないように言い付けているというのに。

あまりにも査定が厳し過ぎるのではないか。
だが、過程じゃなくて結果、一門の長たるものマネジメント能力まで査定にいれるべし、との蛇の厳しい声が聞こえてきそうである。

そんな蛇が歳神様である今年。
ダラけている場合ではなさそうだ。
蛇に睨まれていると心して駆け抜けねばなるまい。

はおまりこ
幼少の頃より妖怪や不思議なものが大好き。怪談最恐戦2023への挑戦をきっかけに怪談語りを始める。民俗学オカルトがテーマのZINE「怪異とあそぶマガジン『BeːinG』」も制作。普段は演劇やミュージカルの広告ビジュアル等を制作するグラフィックデザイン事務所をしながら、大型犬サモエドのソラン(♂)と暮らす。

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