世にも奇妙な人達

「エッセイ書いてみない?」
僕が勝手に盟友と思っている、ガタリー編集長・ホームタウン氏からそんなお話を頂いたのが今回のきっかけだ。
エッセイなんて自分には無理とは思ったが、よくよく考えたら2000年代初頭、長いニート時代(これはまた別の機会があれば)にブログという文化が流行り始めた。
その際に「落書き上等!」と駄文をネットの海に垂れ流していたことを思い出し、今回「ていっ!」と思い切ってもう一度、ガタリーというネットの海に駄文を投げ入れることにした。
「怪談でなくてもいいよ!」ホームタウン氏のその一言が決め手でもある。

しかしいざ怪談でなくても良いと言われても気が引ける——あくまでもこのサイトは怪談という看板を掲げているのだ。
それに夕暮の血が混じった泥を、このガタリーという看板に塗る訳にはいかない。
そんな使命感と、カフェイン抜きにも関わらず謎の焦燥感で筆を走らせている。

怪談を書くには人との繋がりは絶対だ。
取材だけでなく、日常での交友関係や経験が自らの文章やスタイルに影響していく。
まだまだ未熟者ではあるが、なるべくそう思うようにしている。
半世紀弱、修羅の国・川崎という場所で生きてきた——それ故に強烈な個性を持つ人達に囲まれていた記憶を振り返ってみると、僕は人に恵まれているのかもしれない。
もちろん良い人ばかりという訳ではないが、そう言った意味では非常に恵まれている。
このエッセイでは僕の周りにいた「世にも奇妙な人達」を振り返っていきたい。

今回の本題、それは僕の二つ上の先輩「加藤さん」だ。
彼は見た目が元ブラジル代表のファンタジスタ、ロナウジーニョに瓜二つだった。
一回りロナウを小さくし、その声はジーニョというよりバイキンマン。
とても個性的な雰囲気を醸し出すその姿を思い浮かべながら読んでほしい。
とにかく彼は破天荒というか、善人ではあるものの常識が欠落していた。
まるで漫画の闇金ウシジマ君から飛び出してきたような駄目人間で、繁華街を歩いていると必ず声を掛けられる——キャバクラ、フィリピンパブ、場末のスナックと、あらゆる夜の世界のお姉さん達に。
「加藤さん! 今日はどう?」
彼は前に押し出ている歯をチラつかせ、「仕方ねえな」と呟き、満更でもない表情を浮かべながら店へ入っていく。
そんな光景を僕は何度も目にした。
明らかにカモられている加藤さんに、当然ながら金はない。
職業不明。
何処か見知らぬ所で穴を掘り、少しばかりの金をもらっているという、意味不明な情報も錯綜していた——にも関わらず、夜の蝶の甘い声に躊躇なく飛び込み、自ら蜘蛛の巣にかかると糸でぐるぐる巻きにされながら、恍惚とした表情で捕食される。
騙され、輪廻転生を繰り返すも学習しない加藤さんだが、僕ら後輩にも傾奇者かの如くきっぷの良さを見せつけてくれていた。

僕の携帯には頻繁に、加藤さんから電話がかかってきた。
携帯画面に表示される通知名は「公衆電話」。
彼は携帯を持っていない——というより、料金を払っていないからかけることが出来ない。
なので連絡手段は公衆電話のみ。
この煌々とした「公衆電話」という通知が彼という証だった。
電話口からはバイキンマンの声が響く。
「夕暮! 飯いくぞ」
「奢ってくれますか?」
「当然だ、駅前の時計台の下で18時に待ち合わせな」
そう言葉を放つと、ガチャリと公衆電話の受話器を戻す音が聞こえる。
約束の時間に待ち合わせるも、毎度不安ばかりがつのる。
こちらから連絡が一切取れないからだ。
けれど加藤さんは時間だけは何故か守る。
今思えば、僕の見えぬ所で色々と調教(意味深)されていたのかもしれない。
彼に何を食べたいのかと問われると、僕は毎回遠慮なく回らない寿司や高級焼肉をたかった。
もちろん冗談半分で、だ。
けれど加藤さんは「任せろ! 金を下ろしてくる!」と、目の前の消費者金融ア◯ムへ肩で風を切りながら入っていく。
僕はその光景を見るたびに(加藤さん……それは下すのでなく借りてるんです)と思うのだ。
そして彼は札束を握りしめ、美味しいものを食べさせてくれる。
そのまたあくる日も、公衆電話で呼び出される。
飯を奢ると彼は息巻き、今度はプ◯ミスへ入っていった。

そんな破天荒で常識外れな加藤さんと、突然の別れが訪れる——。
後半に続く(某アニメ風)。

夕暮怪雨
神奈川在住の怪談作家。怪談師のおてもと真悟と怪談ユニット・テラーサマナーズ結成。トークイベントやYouTube•テラサマチャンネル、ポッドキャスト(誰も知らない怖い話)でも活動中。2024年11月29日に竹書房怪談文庫にて初の単著『夕暮怪談』発売。

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