怪察:『橋の上』ホームタウン

「沫ちゃん、何か書きたいことってある?」
かねてよりずっとお世話になっている怪談ガタリーの編集長から突然問いかけられた。
ただ、突然ジャンルレスで書きたいことは何かと問われても、パッとは何も浮かばない流され体質の現代人。
やっとの事で絞り出せたのは「読書感想文が書きたい」であった。
絞り出したとはいえ、読書感想文はずっと書きたいとは感じていた。
なぜならば、読書感想文を書かなければいけないという大義名分を得て堂々と本を読みたいという気持ちと、その本を読んでみて与えられる世界とその感動を人に薦める楽しさというのを大人になってから知ったからだ。
ただ本を読んで終わるだけでなく、その物語に対して自分の中の揺り動かされた感情をまとめる時間こそ、現代において必要な時間なのかもしれないと常々思っている。
とはいえ、せっかくだから何か怪談に絡めたものにしたい。
元々自身が、考察したり誰かと感想を共有するのが好きで不思議な話を集めていた人間だったため、「怪談の考察はどうでしょう?」と尋ねた。
無事編集長の笑顔を引き出せた私は、これから月に一話、興味のある怪談を取り上げ考察・感想を綴っていこうと思う。

まず一番最初に取り上げさせていただくのは、二〇二四年一月に怪談ガタリー編集長であるホームタウンさんが、竹書房怪談文庫が毎月行っている【マンスリーコンテスト】で最恐賞を取った『橋の上』と言うお話だ。
まだ読んでいないという方はまずここで読んでから次に進んでほしい。

これは体験者である美絵子さんが、通勤路で帰宅途中に体験したという、ごく普通の日常で起きたお話だ。
これを考察するにあたり、このお話のキーである怪異と思しき点を二つ挙げる。

  • マスク越しでもわかるほどの料理の匂いが橋の上に漂っている点
  • 孤独死をしていたのが発見された母親と警察から連絡が来た日に出会っている点

まず一つ目の【マスク越しでもわかるほどの料理の匂いが橋の上に漂っている】という点に関してだが、料理が一番匂いを放つのは料理中もしくは加熱している時だろう。
そして時間が経つにつれその匂いの量は減少していく。
その為、橋の上でマスク越しでもわかるほどの料理の匂いがするには、まだ熱々の出来立ての料理がないとおかしいのだ。

次に二つ目の【孤独死をしていたのが発見された母親と警察から連絡が来た日に出会っている】に関して、明確な時間がわからない以上、母親の家が橋から近隣であり最後に出会った時間から遺体が発見されるまでの間が数時間あったと無理矢理こじ付ければあり得ない話ではないかもしれない。

しかし、美絵子さんが保育園の時に生き別れてから五十代になるこの日まで一度も出会わなかったというならば、恐らく近隣には住んでいないだろう。
また、一人暮らしで浮浪者のような見た目という点に、長らく社会との繋がりが絶たれていたのであろうと想像できる。
美絵子さんが五十代という事なので、恐らくこの母親は七十歳から、八十歳前後だと考えられるが、浮浪者のような見た目になる程には、体のどこかを悪くしていて身なりに気を使えなかったのかもしれない。
そう考えると、電車などの公共交通機関を使って娘の顔を見に来るのは中々に難しいだろう。

ここからは私が勝手に想像したことを書いていく。
五十年近く昔に娘を手放すことを選んだ母親が美絵子さんの目の前に現れたことについて、最後美絵子さんのセリフで、「(前略)でも“挨拶“に来たんですかね。寂しい人生だったのかな」とあるが、恐らく寂しい人生だったのは間違いないだろう。
しかし、私はどうも単なる挨拶だったとは思えないのだ。
ただの挨拶だったならば、声を掛けたり目の前に現れるだけでも良いだろう。
しかし、そこにわざわざ食べ物を絡めてくるところに、この母親の後悔や、もう一度母として娘に見てほしいというエゴを感じるのだ。
そして、その料理というのも恐らく美絵子さんが幼い頃大好きだったのだろう。
人間は五感の中で一番嗅覚が忘れにくく残るため、料理の匂いから自分の存在を思い出させようとしたのではないだろうか。
とはいえ、匂いの強さから推測するに、出来立ての料理は視認できなくともそこにあったのではないかと思う。
嗅覚を刺激することで自身の存在を思い出して欲しかったというより、その料理を娘である美絵子さんに食べて欲しかったのではないかと思う。

では、なぜわざわざ料理を食べさせたかったのかだが、人は美味しいものを食べた時に不幸な顔はしないだろう。
その相手が子供で自分の作ったものを食べて幸せな顔になったのを見た時、自身も多幸感に満たされる事だろう。
そこに、一度子供を手放すと決めた上でもう一度食べ物を通して繋がりを持ちたかったと言う辺りが、母親のエゴだと思った次第だ。
そしてこれはあまり考えたくはないが、黄泉の国で作られたその料理を食べさせることにより美絵子さんを母親は連れて行こうとしたのではないだろうか。
現世では叶わなかった親子としての生活を死しても尚悔やみ、望んでいたのかもしれない。
どちらにせよ、一人寂しく亡くなっていった母親には安らかに眠りについていてほしいと願うばかりである。


ディレクター業、及び映像作家。芸能方面にて経営から企画、プロデュースを行い、マネジメントや自らがミュージシャンとして活躍するなど、多岐に渡って活動を行う。一方、ウェブ作家として活動する父“筆者(ふでもの)”と共に、お互いの得意分野を生かしての“怪談”と言うジャンルに挑戦。一日一話、二千話終了のショート怪談を、Xアカウント”みっどないとだでい”にて連載中。

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