赤いドレスの女

自身の体験談を語る怪談師は決して多くない。その殆どは実際に怪異を体験した体験者から取材をし、聞き集めたお話を再構成して披露している。つまり取材こそが怪談師の命なのだ。我々怪談ガタリー編集部では、この取材という行為にフォーカスした企画を考えた。怪談師にお題を与えて、そのお題に則した怪談を取材をしてきて貰うのだ。
題して……怪談、聞いて来てもらえます?

厳正なる選考の結果選ばれた最初の生贄チャレンジャーにLINEで当選連絡。

我々が今回チャレンジャーに選んだのはこの方——。

『T-1グランプリ2024』ファイナリストベスト3の健闘も記憶に新しい、村崎一平さん。

ここからは、村崎さんの視点でお楽しみ下さい——。

雨の新宿

LINEで呼び出された集合場所のアルタ前に着くと、高笑いをした男が2人こっちに向かってにじり寄ってきた。

「おめでとうございます! おめでとうございます!」

彼らはひたすら「おめでとうございます!」を不気味に連呼し続けると、全く状況が理解できない僕をあっという間に歌舞伎町ど真ん中にある居酒屋の個室の奥に追いやり、鮮やかなフォーメーションで出口を塞いだ。

ガッチリロックだ。
学生時代に『絶対に儲かる個人通販サイト』の勧誘をしてきたF先輩の事を思い出す。

「おめでとうございます! 村崎さまは、怪談カルチャーのニュースサイト『怪談ガタリー』のチャレンジ企画、最初のチャレンジャーに選ばれました!」

僕から見て正面の、編集長を名乗る男がそう言うと、隣の男は貼り付けたような笑顔で一心不乱に拍手をする。
あまりの勢いに手が壊れないか心配だ。

「実は、村崎さんにある取材をして来て欲しいのです」

いつの間にかテーブルの上に運ばれていたフライドポテトを口に放り込みながら、編集長が今回の要件を伝えてきた。

「怪談を聴いていると度々、髪の長い『赤いドレスの女』が登場しますよね。例えば深夜の廃墟に赤いドレスの女。葬式会場に赤いドレスの女。玄関の前に赤いドレスの女。そういった具合に、今や怪異の表現として定番化してますよね『赤いドレスの女』って」

同意を促す様な間でこちらを見つめる笑顔——その目の奥は全く笑っていなかった。

「そこでふと思ったのですが、これだけ様々な怪談の中に登場する『赤いドレスの女』なら——寧ろ赤いドレスの女の方が、怪談を持っているんじゃないか? 取材してみたら、それこそとんでもないお話が聴けるんじゃないか? つまりですね、村崎さんには街にいる髪の長い赤いドレスを着た女性から、怪談を集めてきて欲しいのです」

そう言い終えるとフライドポテトを平らげた編集長達は、水溜まりを物ともせず奇妙なステップを踏みながら、夜の歌舞伎町を新大久保方面へと消えていった。

あっという間の出来事で狐につままれたような気分だったが、こうして僕の試練は始まった。

赤いドレスの女を追え

翌日、早速池袋にて取材を開始した。
まず、そもそも赤いドレスを着た女性とは、どこに行けば会えるのだろうか?
あてもなく北口付近を1時間歩き回ったが、赤いドレスを着た女性など1人もすれ違わない。

そりゃそうだ。
普段着として赤いドレスに身を包んで街を徘徊している人間がいたら——それだけで軽く怪異だろう。

仕方ない、なにか作戦を立てなければ——。
そう思い辺りを見渡すと『無料案内所』を見つけた。
『無料案内所』を知らない読者にどんな所かを簡単に説明すると、探しているお店の形態、予算、要望などを伝えると、その人のニーズに合った夜のお店を無料で紹介してくれるという大変便利なお店だ。

そう——ドレスと云えば夜のお店。
となれば必然的にかかってくる費用も当然ある、いわば必要経費——大義名分は充分だ。
この際だから経費を使って女の子達と楽しく遊んじゃおう作戦だ。

さっそく中に入り、店員さんに今回の取材の趣旨を話してみた。
「なるほど……赤いドレスの女性ですか……少々お待ちくださいね」
店員さんが次々と色んな店舗に電話をかけはじめる。

おそらく通常ならこの過程で「おっぱいの大きい子」や「小柄で可愛い子」など、客のニーズにあった女性がお店に出勤しているかを確認するのだろう。
だが今回の客のニーズは「赤いドレスの女」。
果たして、こんな妙な注文をしてくる客は今までに居たのだろうか——。

やがて、店員さんの顔がだんだんと曇っていく。
「すいません、一通り当たってみたんですが、今の時点で赤いドレスの女性が出勤してるお店が無いみたいで。あと数時間経てば出勤してくる女の子も増えると思うんですけど……どうしますか?」

なるほど——てっきり夜のお店であれば、楽勝で『赤いドレスの女』まで辿り着けるものとタカをくくっていた。

「そうですか……わかりました。ちょっとまた自分で探してみます」
そういって無料案内所を出ると、また振り出しに戻ったという絶望感が襲ってきた。

気がつけば調査開始から早2時間。
街にも居なくて、夜のお店にも居ないならこの企画お蔵入りじゃないか?

もう帰って寝っ転がりたい!
アイス食べながらYouTube観たい!

そんな諦めムードの僕の所に、先程の無料案内所の店員さんが駆け寄ってきた。
「いや、すいません! あくまで予想なんですけど、この道をまっすぐ行った先にスナックとかガールズバーがいっぱい入ってるビルが幾つかあって。もしかしたらそこでしらみ潰しに探せば、赤いドレスの女性見つかるかもしれませんよ!」
そう言い残すと、店員さんはキラキラした笑顔でまた店に戻っていった。

そんな紹介の仕方ではお店からの紹介料も入らないだろうに——。
「なんて良い人なんだろう」という尊敬の気持ちと「なぜ僕を家に返してくれないんだろう……余計な事を」という気持ちが綯交ぜになりながら、教えてもらったビルへと向かった。

歓楽ビル

怪しいネオンが色めく巨大な9階建てのビルの中には、スナック、ガールズバー、多国籍パブがひしめき合っていた。

さて、ここからは体力勝負だ。
エレベーターで最上階まで昇り、フロアに並ぶ独特のオーラを放つ怪しい扉を片っ端から開けまくる。

扉には様々な漢字が書かれたギラギラしたシールが、所狭しと貼ってあったりする。
夜のお店に行き慣れてない僕からすると、正直知らないお店のそんな扉を開けるのは少し怖い。
だが今回は取材だ、背に腹は代えられない。

「お忙しい所すいません、いま怪談系ウェブ雑誌の取材をしていまして。赤いドレスの女性を探しているのですが、こちらのお店で働いていたりしないでしょうか?」

扉を開けてはこのセリフ。
扉を開けてはこのセリフ。
とにかく片っ端から当たっていく。

かえってくる反応は、
「すいません、今うちにはいないんですよ。協力できなくてごめんなさい、取材がんばってくださいね」
と、笑顔で答えてくれるか、
「はあ……取材? ちょっとよくわかんないです」
と、首を傾げながら扉を閉められるのどちらかだ。
そりゃそうだ、こんな変な事を言う奴とはなるべく関わらない方がお店にとってもいいだろう。

最上階が全滅すると階段で下の階へ——そしてまた扉を開ける。
全滅、下の階、全滅、下の階——気付けば、あっという間に1階に立っていた。
全フロア全滅。

よし、次のビルだ!
ここまで来たら、絶対、何が何でも『赤いドレスの女』を見つけてやる!

脳と身体が疲れて麻痺してきたのか、ここにきて謎のやる気に満ち溢れていた。

ビルに登っては扉を開け、断られては下の階に降り、そうして幾つものビルを制覇した果て——とある看板が僕の目の前に現れた。

『ドレスガールズバー・ティアラ』

ド、ドレスガールズバー!?
これは期待できそうだ。

早速入口を覗き込んでみると、厳つめの恐らく店長さんであろう男性と目が合った。
白シャツ黒スラックスでスキンヘッド。
どことなくアームレスリングの審判を彷彿とさせる——いや、実際にアームレスリングの大会は見た事ないから、完全に想像の中のイメージだけど。

「いらっしゃいませ」
「あ、どうも。実は今取材をしていまして……」
「……」

数秒の沈黙が永遠に感じる。
恐らく今、店長さんの頭の中でこいつは店の中に入れても大丈夫な奴か、脳内のコンピュータで過去に出禁にしてきたヤベェ客リストと僕の特徴を照らし合わせているのだろう。

にこやかな睨み合いの時間が続くかと思われたその時、店長さんの背後を女性が通った。
なんと、その女性が赤いドレスを着ているのだ!
赤いドレスだ!!
ついに見つけた!!
これは何がなんでも話を聞かなければ!!

「もちろんちゃんとお金は払います! 他のお客さんにも迷惑はかけません!」
「……まあ、そういうことならば」

やった!!
ついに念願の赤いドレスだ!!
席に着くや否や、赤いドレスの女性がカウンター越しに接客をはじめてくれた。

赤いドレスの女

「初めまして、なつです!」
ショートカットの明るくて元気な女性だ。

早速取材内容を説明すると、
「怪談ですか?! うーん、あんまり人に話した事ないんですけど……私、多分幽霊見た事があって
なんだと!?
さすが赤いドレス!!
いきなり大当たりだ!!

なつさんの話

小学校4年生の時の話で。
当時毎週日曜日は家族みんなで外食するのが日課だったんです。
その日も父が運転する車で助手席は私。
後ろに母と弟が乗っていて、ご飯楽しみだなぁとか思いながらなんとなく窓から流れる景色をみていると、数メートル先の歩道からお父さんと男の子、親子2人が手を繋いでまっすぐこっちを見てるのに気が付いて。
(え? なんであの親子こっち向いてるんだろう?)
だって、ね? 歩行者って普通進行方向を向くもんじゃないですか?
他の人は前を向いて普通に歩いてるのに、その親子だけは歩いてるわけでも話してるわけでもなく、ただじっと立ち止まって手を繋ぎながら車の中の私たちを真顔で見てる。
なんか不気味だなぁ……って思ってるうちに通り過ぎていって。
気になってすぐサイドミラーを覗き込んだけどもう居なくなってて。
「ねえさっきの親子なんか不気味だったね」
怖くなって車内の家族に話しかけたんですけど、家族の中で私以外誰もその親子の事見えてなかったんですよ!
おかしいんです、あんな特徴的な2人が立ってて気付かないわけないんですよ。
だってその親子……
顔も手足もまるでペンキでもかぶったみたいに、全身緑色だったんですよ。

おいおいおいおい!
めちゃめちゃちゃんとした怪談じゃないか!
しかもしっかり怖いぞ!
さすが『赤いドレスの女』、これはいい話が聞けたぞ!

「あ! なんか怖い話してるー! 楽しそう! 私も混ぜてもらおっかな!」
なつさんの話が終わったタイミングで、黒いドレスを着た小柄な女性がバックヤードからヒョコっと顔を出して話しかけてきた。

実は私も怖い? っていうか不思議な話があって! 良かったら聞いてもらえませんか?」
おぉ、これはラッキーだ!
こんな数珠繋ぎに怪談を取材できる機会は中々ないぞ!
着てるのは黒いドレスだけど良い怪談なら大歓迎だ!

らんさんの話

私の家族ってちょっと変わってて。
「全員呪われてるんじゃないか?」ってくらい、皆すぐ怪我するんですよ。
特に酷かったのが……
数年前、仕事中に急に兄から電話がきて、
「おばあちゃんが倒れた」
って慌てた様子で言ってくるんです。
救急車で搬送されたから仕事が終わったら病院に様子を見に行って欲しいって、そんな内容の電話だったんです。
そんな事言われたから私も心配で仕事も手につかないし、時計ばっかりチラチラみてたんですけど。
そしたら数時間後、また兄から電話がかかってきて、
「お父さんが職場で怪我したみたいで、今仕事場から病院に向かってるらしい」
って混乱した感じで言ってきて。
「え? お父さんも?!」
「とにかく俺も今から病院向かうから、仕事終わったらお前も来い!」
って電話切られて。
そしたら、30分後くらいに今度はお母さんから電話がきて、
「今警察から連絡が来てね。たった今交番の前の交差点で、自転車に乗ったお兄ちゃんが車に跳ねられて救急車で運ばれたって……」
そう震えた声で言ってきて。
え? え?! 兄も?!
ってさすがにこれは私がなんとかしなきゃって、無理言って仕事早退させてもらって。
急いで病院向かったら、全員命に別状は無かったんですけど入院することになって。
「同じ日に家族3人入院って……こんな事ってあるんだね」
ってお母さんと話してたら今度はお母さんが、
「あれっ……なんか……腰が痛い……」
って突然言い出して。
お医者さんに診てもらったら、
「ヘルニアが悪化してるので検査入院です」
って診断されて。
結局私の家族、私以外全員入院しちゃったんですよ!
これすごくないですか!(笑)

え?
笑いながら話してくれてるけどそれ——もしかしたら本当に呪いなんじゃない?
お祓いとか行った方がいいんじゃ——。
そんな事を心配をしている間に、終了の時間になってしまった——。

「本当、凄い話をありがとうございました!」
会計を済ませエレベーターに乗り込んだ僕の元に、さっきの店長さんが来てくれた。

「あれ! もう帰っちゃうんですか?」
とても明るくにこやかな表情だ。
どうやら危険人物かどうかの疑いは晴れたようだ。
本来はすごいイイ人なんだろうな。

エレベーターが閉じる瞬間に店長さんは、
「帰っちゃうのかー、残念だな。実は私も結構怪談もってるんですよ!?

ガチャン!!

扉が閉まり、エレベーターは下に降りていく。
店長さん——なぜそれを今言うんだ。
そんな事言われたら、どんな話か気になってしょうがないじゃないか。
さすが商売上手だ——仕方ない、また今度プライベートで来させて貰おう。

ビルを出ると早速、編集長に取材成功の電話を入れた。
「なるほど成功ですか、それは良かった」
自信満々に意気揚々と報告をする僕に、このあと戦慄の展開が——。

後編へ続く

リンク
村崎一平(YouTube)
おてつば村(7/14 村崎一平出演イベント)

関連記事

TOP