シーンで活躍する怪談語りを深堀りするインタビュー企画「怪談語りがたり」。
今回は臨床心理士であり、初の小説『ようこそ瑕疵ある世界へ』を刊行した佐伯つばささんのインタビュー後編をお届けする。
(インタビュー・写真●怪談ガタリー編集部)

心理学を学ぶ
——つばささんは幼少期から様々な分野に興味を持っていたと思いますが、その中からなぜ心理学を本格的に学ぼうと思ったのでしょうか?
「確かに僕は様々な領域に関心を持っていましたが、心理学の世界だけは、自分が足を踏み入れて体験的に学ばないと理解ができないと思ったんです。宇宙や生物のことは、論文を読んだり写真を見たりすれば、ある程度好奇心が満たされる気がしたんですよ」
——心理学を学ぼうとしたつばささんが怪談が好きなのも、どこか必然だった気がしますね。
「例えば『宇宙の壁はどこにあるのか』などという問題は、科学の進歩によっていつか明らかになると思っています。でも怪談だけは、解明がなくても楽しめるものなのではないかと思うんです。だから怪談は特別なんですよ」

——心理士を志そうと思ったのはいつでしたか?
「中学3年生の時に心理士になろうと決めて、それを実現するために高校、大学で勉強をしました。大学を出てからは大学院で2年間心理学をやって、それから病院に勤務するようになりました」
——怪談とは、その間も同じように付き合っていたのでしょうか?
「そうですね。コミュニケーションの一環として人に怪談を聞いたり、YouTubeで怪談動画を観て楽しんでいました。ターニングポイントだったのは病院勤務時代のことで……当時は朝から晩まで働いていたんですよ。プライベートの時間がほぼなくて、ようやく仕事帰りのバーで安らげる空間を見つけることができました。その時に居合わせたお客さんから怖い話を聴くようになったんですが、自分が怪談を聞く範囲の広がりを実感しましたね」

怪談最恐戦へのエントリー
——つばささんは怪談最恐戦がきっかけで怪談活動をスタートしたと思いますが、その前から人前で怪談を語っていたのですか?
「怪談最恐戦に出る前、ツイッター(現X)に心理士としてのアカウントを持っていたんです。そこでは、大学受験に役立つアドバイスなどを発信していました。多くの受験生がフォローしてくれたのですが、そのアカウントで一度だけツイキャスの怪談配信をしたことがあったんですよ。怪談を持ち寄ってフォロワーさんと怖い話をし合ったのですが、とっても楽しかったですね。そのときに『人前で怪談を話すのっていいな』と思いました」
——それが最恐戦出場につながっていくのですね。
「それから勤務先が病院から大学に変わり、やはりハードな毎日を送っていたんです。忙しくて怪談から遠ざかっていたのですが、大学勤務になって2年目の夜に『最近好きなものに触れていないな』と思って、久しぶりにYouTubeで怪談を聴いたんですよ。その時に偶然『怪談最恐戦2022』の動画を観て、興味を持ってエントリーしました」

——ZOOM予選で「夕焼け恐怖症」を選んだ理由は何だったのでしょう。
「勤務していた病院の医療事務さんに怪談好きの人がいて、話が合うので仲良くしていました。その人に『怪談の大会に出ることになったのですが、どんな話をすればいいですかね?』と相談して、何話か聴いてもらったんですよ。その人が『夕焼け恐怖症が一番気持ち悪い』って言ってくれたんです。『夕焼け恐怖症』は友人の佐伯くんも評価してくれていたので『この話は怪談好きに刺さるものなんだな』と思い、ZOOM予選で披露しようと決めました」
——「夕焼け恐怖症」はインパクトが大きかったですね。
「あの話を予選で語ったことで、たくさんの人に興味を持ってもらえた気がします。そして最恐戦をきっかけに、怪談を語る側の友人、知人が増えていきました」
——ZOOM予選を勝ち抜いて本戦にも進出し、鮮烈なデビューを飾った印象があります。
「本戦で敗退してしまいましたが、とても貴重な経験になりました。当初は1年くらいで怪談活動を辞めるつもりだったんですよ。でも年齢を越えた同じ趣味の人がたくさんいることがわかって、長く続けていこうと思いましたね。2022年に活動を始めた同期もたくさんいますし、あの年にスタートしてよかったと思っています」

執筆活動
——それから3年が経ち、様々な場面で活躍してきたつばささんですが、ついに単著『ようこそ瑕疵ある世界へ』を出されましたね。おめでとうございます。
「ありがとうございます」
——つばささんは幼少期からずっと本や小説を読んでいて、お仕事では論文を書く機会も多かったと思うのですが、怪談の文章を書いたことはあったのですか?
「昔から文章を書くことへのモチベーションは高くて、小学校の卒業文集に『将来の夢は小説家』って書くくらい本が大好きだったんです。それは子供の頃の夢で終わっていたのですが、怪談活動を始める少し前に『カクヨム』に文章にした怪談を投稿していたことがあったんですよ」
——なるほど。文章を書くことへの抵抗はまったく無かったわけですね。
「はい。だからサンマーク出版さんから単著のお話をいただいたときに『怪談を扱った小説を書いてほしい』と言われて、チャレンジしたいと思いました」

——『ようこそ瑕疵ある世界へ』は、つばささんが聞き集めた怪談を扱いながらフィクションの登場人物が物語を紡いでいくという、少し変わった構造をしていますよね。
「担当編集者さんから『実話怪談のテイストは消したくない』と言われたので、僕が集めた怪談をいくつか送って、その中で物語にする話を選んでもらいました。登場人物をフィクションにするなら、その人たちが怪異に遭う形にするしかないと思ったので」
——タイトルはつばささんが考えたのですか?
「編集者さんです(笑)。僕は本づくりに関する知見がまったくないので、そのあたりは編集者さんにお任せしました。印象的なタイトルですよね」
——編集者さんとの二人三脚の作業だったんですね。執筆で一番苦労したのは何でしたか?
「キャラクター同士のやり取りですね。話のメインは僕の実話怪談なんです。でも、それだけでは物語にならない。だからキャラクターを動かす必要があるのですが、それを考えるのが本当に大変でした」
——試行錯誤を繰り返したわけですね。
「つらかったですね(笑)。ミステリーというジャンルの特性上、最終的に謎が解けないといけないので、謎が謎のままでは困るんですよ。でも、すべてを明らかにすると実話怪談ではなくなってしまう。そこを工夫しました。例えば『夕焼け恐怖症』は物語の真ん中に置いたんです。この話まではミステリー色が強いのですが、以降は怪異が主役になっているような印象を受けると思います」

——作品の中で注目してほしい部分はどこでしょうか?
「普通に読んでいると気付かないような細かい伏線を大量に張ってあるんですよ。だから2度、3度と読んでもらうとより深く楽しんでいただけると思います。それと、エンターテインメント性は失わないように意識して書きました。実話怪談が持つ『どこまでが本当にあることなのか』『自分の身にも起こり得ることなんじゃないか』という要素を、フィクションの物語の中で効くスパイスとしても盛り込みたくて。もちろんそういった実話怪談が持つ要素は、扱うのが難しい面もあるのですが……それをきちんと『エンターテインメント性を高めるに必要な要素』として楽しんで欲しいと思います。なのであえて、この小説の中には『怪異にすがろうとする人』を諭すシーンも書きました」
——そこは臨床心理士であり怪談師でもある、つばささんならではのバランスですね。今後の目標を聞かせていただけますか?
「過去に僕が集めた怪談のコミック化、映像化の依頼があったのですが、体験者さんの性質上、どちらも頓挫してしまったんです。だから、様々なメディアで自分の怪談を紹介したいという思いはありますね」
——まさに『ようこそ瑕疵ある世界へ』がその起点になりそうですね。
「はい。全力で書いた小説なので、様々な派生が生まれたらいいなと思います」
——今後も様々な分野での活躍を願っています。ありがとうございました。
「こちらこそです。ありがとうございました」

物静かで柔らかな印象の奥にある、子供のような飽くなき知的好奇心と探求心。
7月には関西で都市ボーイズ・はやせやすひろさんと出版記念トーク&サイン会も開催されるとのことで、今後も佐伯つばささんの活躍から目が離せません。

リンク
ようこそ瑕疵ある世界へ(サンマーク出版)
おてつば村(YouTubeチャンネル)