
皆さんは “冥婚“というものをご存知だろうか。
冥婚とは、年齢が若かったなどの理由で生前伴侶がいなかった人が亡くなった際、死後に婚礼儀式をすることである。
そこには、家族からのあの世での幸せを祈る意味が込められていたり、宗教上の考えやその地域に伝わる教えなどから来る「災いから家族を守る」という意味が込められていたりと、国や地域によって考え方や手法も手段も様々な風習である。
そして今回考察をさせていただくのは、おてもと真悟さんの【東京冥婚】というお話だ。
今回、考察するにあたって話の内容がほぼ全て文中に収められている。
したがって、先にこちらを読むと完全にネタバレになってしまうため、この話をまだ聞いたことがないという方は、ナナフシギチャンネルのおてもとさん出演回で視聴することができるので、是非視聴後にこの先を読んでいただきたい。
この話で出てくる主な怖いポイントは二つ挙げられる。
一つは仕事で訪問した家の仏壇に亡くなった息子と、まだ生きている他人の女性の写真が並べて飾られている点。
もう一つは、再訪問した際に仏壇に飾られていた女性の写真が別人に変わっていたという点だろう。
しかし、その事象が起こる前後に人間の怖さと得体の知れない不気味さが潜んでおり、今回は細部の描写に着目して考察を進めていこうと思う。
体験者である大橋さんは、当時働き盛りの40代で、営業の仕事に打ち込んでいた。
その日は営業回りを終わらせ会社に戻ろうとしていたのだが、突然上司から電話があった。
それは大橋さんの担当で、会社のお得意さんでもある田中社長の、知り合いの羽生という男性が、保険に興味があるようで、“今から“ 羽生さんの家に訪問してくれないかという用件だった。
恐らくだが田中社長は保険会社と長い付き合いで、そうそう変な用件でない限り会社側が自分の頼みを断れないことを知っているのだろう。
そして羽生さんもその事を知っているのだ。
勿論その頼みを断れない大橋さんは、その足で羽生さんの家に行くことになる。
そこは、社長の知り合いだとは到底思えないようなボロアパートの一階。
羽生さん自身は、髪はボサボサで髭もろくに剃っていないというように、あまり良い生活をしていないことが伺える。
家の中も壁にシミがついている上、机の上も今しがた片付けたばかりといった様子。
そして、そんな家に似つかわしくない大きな仏壇。
大橋さんはそれがどうしても気になり覗いて見たところ、若い男女の写真が飾られていた。
ただ、覗いていたところを羽生さんに見られるのだが、気を悪くするでもなく、死んだ息子の話をし始める。
息子はキャバクラや風俗にハマって借金が増えすぎた結果自死を選んだそうだ。
羽生さんは息子の死後、息子がハマっていたというキャバクラへ行き、生前夢中になっていたレナという女性の写真を撮ってくるのである。
それが仏壇の息子の写真の隣に並べられている写真なのだという。
その際、羽生さんは「息子相当金使ってるんだから、あの世の世話くらいさせたって良いだろう」と言うのだ。
この言葉には息子の死後、借金を尻拭いさせられている現状の元凶であるキャバクラに対しての恨みが込められているのだが、「あの世の世話をさせる」という言葉に冥婚というものを知っているというニュアンスが含まれていると感じる。
正確に冥婚というものを知らなかったとしても、長いこと風習として世界規模で記録の残る冥婚という文化をなんとなく知っていてもおかしくはない。
というかそもそも仏壇に死んだ息子と生きている女性を並べる時点で正気ではなく、何らかの怨念めいた意志や企みを感じる。
その上羽生さんは、その後も何度かキャバクラに行っては新たに写真を撮り、仏壇に置いているレナさんの写真を新しい物に入れ替えていると言うのだ。
そこにも怨念めいた何かを感じるのだが、理由はどうあれ何度もキャバクラに通うようになったその姿は、既に亡くなった息子と同じ道を歩き始めているとも言えよう。
ここまでで一度、私の推測も含めた考察をしよう。
古いボロアパートで、己の身だしなみや家の掃除もろくにしなくなった羽生さんは、現在進行形で自ら破滅していくような形で亡くなった息子と同じ道を行こうとしている。
本当に保険に興味があったのだろうか。
否、話の中でも大橋さんは羽生さんが本当に保険に興味があるようには感じていないと言っているのだ。
すると大橋さんを呼んだのには、保険の事を聞く以外の目的がある。
「あの世の世話くらいさせたって良いだろう」には自分のことも含まれているのではないだろうか。
かなり間接的である上、大袈裟に言えばレナさんは息子を死に追いやった人になる。
亡くなった息子の世話くらい、と言うのは良い口実で、生きている人を連れて行けるのかどうか実験していたのではないだろうか。
そのため、写真を一度撮れば済むものを、何度も足を運んでレナさんの様子を見に行っていたのではなかろうか。
つまり、保険の話を聞きたいと言って家に呼んだのはただの口実で、本当は自分があの世に連れて行きたい人を探していたのではないかと思う。
直接そんな話をしたのかは分からないが、年齢も近くて良い女性はいないのかと田中社長に相談していたところ、保険の営業をしている大橋さんが選ばれたのかも知れない。
そしてこの話の中で一番謎が深い部分。
会社の新人と再訪問した際、新人が見た女性の写真は別人だったということだ。
この事象に関して二つほど考察が挙げられる。
まず一つは、動画内でも考察されていたように、レナさんが亡くなったため別の女性の写真を飾るようになったのではないかというもの。
息子はキャバクラや風俗に行っていたと話にも出てきたが、レナさん以外のお気に入り女性がいても全くおかしくはない。
羽生さんの目的が女性たちへの復讐だった場合、女性に何かが起こるまで一人ずつ仏壇の息子の隣に飾られ続けるのであろう。
そしてもう一つは、大橋さんが見たレナさんという女性と、新人が見た女性は同一人物なのではないかというもの。
大橋さんが見たという女性の特徴
・後ろで結んだ茶髪
・肌は浅黒い
・夜の仕事をしているような服装
新人が見た女性
・黒髪ショートカット
・色白
・美人
全ての要素が正反対で一見別人に思えるのだが、この特徴だけだと完全に別の人だとは言い難い。
時系列的には、大橋さんの見た写真よりも新人が見た写真の方が新しいため、レナさんがそんな短期間で黒髪ショートカットにして、肌も色白になるとは思えないが、これが逆だったらどうだろう。
新人の見た写真は数年前のレナさんの姿であり、キャバクラで働く前のものであったら何ら不思議なことはない。
大橋さんが最初に羽生さんの家に訪問した際は、羽生さんの話を聞くに、生きている。
ただ、その後レナさんは亡くなり葬儀が執り行われた。
その際に家族が使用したのが数年前の写真だったのだ。
恐らくだがこの二つの写真が同一人物だった場合、家族は今のレナさんの姿を見て驚いたことだろう。
まだ親が生きていたのであれば、親心的にも昔の姿の写真を使いたかったのかもしれないし、ただ単純に今の姿のレナさんの写真を持っていなかっただけなのかもしれない。
最後、ここまでの考察をまとめていく。
羽生さんが復讐のために息子の通っていた店の女性の写真を飾りたかったのであれば、レナさん以外の女性も飾っているはずである。
しかし、話を聞く限りでは何度もキャバクラに通い、レナさんの写真を撮っては仏壇の写真を更新していた。
確実に一人ずつ復讐したかったという考え方もできるが、それではあまりに非効率な上に時間がかかる。
羽生さんの生活を想像すると、羽生さん自身から生に対する執着も感じられないため、個人的には複数人を対象にした冥婚ではなくレナさん一人を対象にした冥婚に思う。
ただ、羽生さんの口ぶりからして、死後も借金を残すという形で迷惑をかけている息子に、わざわざお金も時間もかかる方法で冥婚の相手を用意するだろうか。
もし、レナさんが亡くなっていたのだとしたら、羽生さんの用意した冥婚ないしは呪いの類が成功したことになる。
それは自分の死後、協力者がいれば誰か気に入った女性を連れて行けるという証明にもなるだろう。
最初の訪問時から大橋さんが感じていた異変や恐怖は、羽生さんに対して思ったのではなく、大橋さんに対して向けられた羽生さんの悪意を感じ取ったからではないだろうか。
どちらにせよ、大橋さんは現在も無事ということが何よりではあるが、他の女性が勝手に冥婚相手にされていないかが心配である。
沫
ディレクター業、及び映像作家。芸能方面にて経営から企画、プロデュースを行い、マネジメントや自らがミュージシャンとして活躍するなど、多岐に渡って活動を行う。一方、ウェブ作家として活動する父“筆者(ふでもの)”と共に、お互いの得意分野を生かしての“怪談”と言うジャンルに挑戦。一日一話、二千話終了のショート怪談を、Xアカウント”みっどないとだでい”にて連載中。