佐伯つばさと動物怪談

自身の体験談を語る怪談師は決して多くない。その殆どは実際に怪異を体験した体験者から取材をし、聞き集めたお話を再構成して披露している。つまり取材こそが怪談師の命なのだ。我々怪談ガタリー編集部では、この取材という行為にフォーカスした企画を考えた。怪談師にお題を与えて、そのお題に則した怪談を取材をしてきて貰うのだ。
題して……怪談、聞いて来てもらえます?

前編はこちら

動物怪談を求めて

数日後、僕はここに来ていた。

恩賜上野動物園。

子どもから大人まで、皆が楽しめる言わずと知れた動物園である。

さて、どうするべきか?
ひとまず十二支を実際に見て写真に撮ってみよう。

「鼠」モルモットでよいだろう。

「牛」は居ない。

「虎」体調不良——。

来てみてわかったが、ろくに十二支がいない。
虎に至ってはまさかの病欠である。
しかし、別にそこは悩まなくても良いのだ。

目的は怪談だ。

休憩所に座り、行きかう人を見つめる。
カップルや親子連れなど多くの人が来ているが、皆幸せそうだ。
動物の持つ不思議な力と言えるかもしれない。
しかし、これは話しかけにくい。
勇気を出して小学生ぐらいの子どもとその母親に声を掛けてみた。

「あの、すみません」
「はい?」
「僕、今動物に纏わる不思議な話を取材していまして」
「どういうことですか?」
「えーっと、ネットの企画で動物の不思議な話を集めているんです」
「いや、すみません。そんなに動物に詳しくなくて」

明らかに不審がられている。
こんな昼間から一人で動物園に来ている男に話しかけられたら警戒もするだろう。
そのうち母親と思われる女性は大きな声で子どもと話しながら席を立ってしまった。
その後、二組の家族連れに声を掛けてみたが反応は同じだった。

これは大変だ。

僕は本来このようなやり方で怪談の取材などしない。
いや、こんな方法をとる怪談師はいないだろう。
普段であれば他人に話しかけられてもおかしくない状況で怪談を聞く。
怪談蒐集がライフワークと言っても、知らない人に突然怪談を求めるような奇人ではない。

これ以上、話しかけていると通報されてしまうかもしれない。
しかし、ここまで来て手ぶらで帰ることもできない。
僕は動物園の反対側に回り、再び声を掛けてみることにした。

ついでに十二支の写真も撮っていく。

あまり有名ではないがシロクマの檻の近くにいるこのスバールバルライチョウはお勧めだ。

羽毛でおおわれた足のおかげでぬいぐるみのような愛くるしさを醸し出している。
夢中になって写真を撮っていると反対側の休憩スペースに出た。
辺りを見回し、再び家族連れに声を掛ける。

「すみません。実は今、取材で動物園に来ていて」
「取材?動物園のですか?」
「いえ、ちょっと変わっているんですけど、僕大学で心理学を教えていまして」
「はあ」
「趣味で不思議な話を集めているんです」
「不思議な話?」

母親の表情からは息子を不審者から守ろうとする意志が感じられる。
このままではまずいと直感した僕は、怪談ガタリーの名前を借りることにした。

「怪談ガタリーって言うインターネットのサイトがあるんですけど、そこの記事を書いているところなんです」
「不思議な話って怖い話ですか?」
「いや、怖くなくてもいいんです。怖くてももちろんいいんですけど」

すると母親は息子に声を掛けた。

「あの話してあげれば? うちの子の学校に七不思議があるって、たまに話してくれるんです」

七不思議——十二支とは関係がなさそうだが、令和の小学生が語る学校の怪談には非常に興味がある。
子供は緊張した面持ちのまま固まっている。

「初めまして。学校に七不思議があるの?」

そう問いかけると彼は話始めた——。

彼の通う小学校には七不思議があった。
プールの更衣室に出る男の子の幽霊や放課後に校舎の中を歩き回るハンマー男などは、友人の中に見たという者いるという。
彼自身も一度、教室に見たことがない女が立っているのを見たことがあるそうだ。
この話は入学してしばらく経ってから誰となく話題にし始めたそうだが、最近になってあることが起こり始めた。
皆が語る七不思議の内容が変化しているのだという。
人によって七不思議の中身がバラバラなのだそうだ。
そのため、今彼の学校は怪談で溢れている。
ちなみに彼のセレクションは

一、更衣室に出る男の子の幽霊
二、放課後に校舎を歩き回るハンマー男
三、教室に立っている見知らぬ女
四、三階の端にある用途不明の部屋に現れる首吊り死体
五、校舎裏にある飼育小屋の中に死体が現れる
六、学校からの家まで一度も振り返らずに帰ると殺される
七、目に鋏の刺さった男の子が歩いている or 女子トイレに鋏を持った女の子が現れる

だそうだ。

大量に溢れているため、七つ目は選べないそうだ。
僕が七不思議は六つでよいことを説明すると、それではと七つ目をバッサリと切り捨ててしまった。

ここまで話すと、「それだけ!」とやり切った表情を浮かべた。
子どもの無邪気な学校の怪談だと思ったが、ふと疑問が浮かんだ。
一から三までの怪談と、四から七までの怪談では雰囲気が異なっていないだろうか?
首吊り死体や殺される、目に鋏が刺さっているといきなりグロテスクで残酷な描写が増えている。
こうした怪談が突然増え始めた背景には、どのような理由があったのだろうか?
もし実際にそんな出来事が起こっていたとしたら——そう考えると非常に興味深い怪談だった。

「ありがとう。これすごい話だよ」
子どもも気が良くなったのか、笑顔が増えて沢山の余談を聞かせてくれた。
「よかったね」
母親も息子がインタビューを受けている姿に新鮮さを感じたのか、楽しかったと言って笑顔を見せてくれた。
僕も何度も頭を下げてお礼を伝えると、ガタリー用に写真を撮らせてもらえないかと聞いてみた。
「本当にありがとうございました。最後に記事に乗せる写真を撮らせていただけないでしょうか?」
「いや、写真はちょっと……」
「顔は写らないようにして、下半身を撮るだけでいいんで……」
あっ——間違えてしまった。
「すみません。取材頑張ってください」
そういうと親子はそそくさと席を立って猿山の向こうに消えて行ってしまった。

怪談取材とは難しいものだ。
あれほど笑顔を見せてくれた親子もこちらが一つ表現を誤ると一気に笑顔は消えてなくなってしまう。
怪談では死を扱うことが多い。
だからこそ丁寧な言葉遣いや気持ちに寄り添った話の聞き方が必須である。

今回はそういう次元ではないミスを犯してしまったが仕方がない。
記事が本当に出たとなれば、あの親子も取材をしていた人間が変態ではなかったと安心できるだろう。
今回十二支の中でそろえることができなかったのは

・牛
・虎
・兎
・馬
・羊

の五種類となった。

これからも僕は今まで通り怪談を探し続けるだろう。
いつの日か、この動物たちの怪談に出会えることを願って——。

検証結果
あと五話で干支コンプリート。なお怪談取材には丁寧な言葉遣いや気持ちに寄り添った話の聞き方が必須。

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