闇バイト

朋子さんは妹夫婦を数年前に事故で亡くした。妹夫婦には高校生の息子が一人いた。とても出来が良く、自慢の息子だと二人はいつも誇らしげだった。朋子さんにとっても可愛い甥っ子だ。名前は博之といった。
妹夫婦が亡くなってからは、短い期間であるが一緒に住み、博之の親代わりになっていた。けれど博之は独立心が強く、高校卒業後に就職を希望していた。就職先は独身寮のある工場だ。朋子さんは大学へ行くことを勧めるが、固辞した。彼女に金銭的負担をかけたくなかったのだろう。

「あの子は優しい子でしたから」

朋子さんはそう話した。博之は当初、契約社員ではあったが工場勤務で夜勤なども率先してこなした。みるみると周囲からの信頼を勝ち取り、正社員の契約が目の前だった。
「朋子おばちゃん! 正社員なったら欲しい物買ってやるからな!」目を爛々と輝かせ、話しかけてきたのが懐かしい。
けれど彼は突然、光り輝く人生を自ら外れていく。せっかく上手くいっていた工場の仕事を辞めてしまったのだ。それも何も言わずに突然。
目をかけてくれた職場の上司が心配し、朋子さんへ直接連絡してきた。彼女からすればまさに寝耳に水だ。理由も全く聞いていない。最近、連絡が減っていたことに気づいてはいた。けれど(忙しいのだろう)勝手にそう納得していた。ある日、寮に数少ない荷物を残し、そのまま消えたそうだ。
朋子さんは何とか連絡を取ろうとするが、梨のつぶてだ。音信不通に不安はどんどん募る。
(何か悩みがあったのだろうか)

両親が亡くなってからも、博之はいつも笑顔で気丈に振る舞っていた。それに彼女は気づき、そして自らを責めた。博之と連絡が取れなくなり、一年程が経過したある日。思いもよらぬ場所から連絡がきた。それは警察だった。

(事件にでも巻き込まれていたか)朋子さんにそんな不安がよぎる。しかし警察官が電話口で言葉にしたのは、予想もつかないものだった。

「あなたの甥っ子さん、犯罪に手を染めています」
あんな良い子が犯罪をするはずがない。何かの間違いだと思った。すぐに警察署へ向かう。そして担当する警察官に、怒りの気持ちが込み上げる。反論の言葉を口にするが、警察官は顔色も変えず冷静に答える。それを見て、彼女は徐々に平静を取り戻す。

詳しく話を聞いていくと、どうやら博之は詐欺の片棒を担いでいたそうだ。闇バイトと言われるもの。犯罪人から詐欺や強盗の協力と引き換えに、多額の報酬を得る。主に最近はインターネットなどで協力者を募っているようだ。博之は闇バイトで知り合った人間達と詐欺を行い、被害者の金をATMから引き出していた。いわゆる出し子という役割だ。
朋子さんはATMに設置されている監視カメラで撮られたであろう、写真を警察官から見せられる。一件だけではない、現場も違う写真を一枚ずつ見せられる。

「博之で間違いありません」

一枚一枚写真を見せられるたび、彼だと確信する。マスクや帽子を付けていても分かる。ただ、目つきは以前とは別人のように鋭く荒んでいた。
最後の写真を警察官が見せる。その瞬間、互いの表情が強張ったのが分かる。監視カメラに映っている博之の身体に何かがまとわりついているからだ。
それははっきり、人だと分かった。中年の裸の男と女が、彼の首と両肩に腕を巻き付けるように項垂うなだれているのだ。二人は恨めしそうに博之の顔を見つめている。けれど彼は全く気づいておらず、カメラを睨みつけている。

警察官はすぐにその写真を隠し、何かの間違いだとはぐらかす。ただあの写真を一目見て、博之が詐欺以上の罪を背負っていると、朋子さんは理解した。両肩に纏わりついていた、裸の男女に一体何があったのだろう。博之はこの二人に対し、何を行ったのだろうか。
博之は未だ行方不明、真相は分からぬままだ。

夕暮怪雨
神奈川在住の怪談作家。怪談師のおてもと真悟と怪談ユニット・テラーサマナーズ結成。トークイベントやYouTube•テラサマチャンネル、ポッドキャスト(誰も知らない怖い話)でも活動中。2024年11月29日に竹書房怪談文庫にて初の単著発売予定。

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